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困った人
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「…やっぱり」
僕は今、大学の研究室にある自分のパソコンの前で、ある薬剤の成分分析の結果を見ている。
「もう。こんなの常用してたら、そりゃ来るものも来ないよなぁ」
手の中にある白い錠剤。実家の父から毎日飲むようにと渡された貧血予防のサプリメント。子供の頃の栄養不足が祟り、思春期を迎えた頃から貧血でよく倒れていた僕に、父が自ら処方してくれたものだ。製薬会社の社長が、息子の貧血症状を緩和する為にわざわざ用意してくれた物を、どうして疑えるのか。
「盲点だったなぁ…。お義母様からあの話を聞かなかったら、僕はずっとこれを飲み続けていたところだよ」
パソコンの画面をもう一度じっくり眺める。うん。どこをどう見ても、これが単なる鉄剤だとは思えない分析結果だ。
発情期抑制剤。文字通り、オメガの発情期を抑える薬剤だ。しかもこれ、ちゃっかり遅延成分まで含まれてる。もう…。これじゃいつまで待っても、発情期なんか来る訳ないじゃないか。
まさか。と、思った。義母に、相談したいと申し出た時には、こんなからくりが潜んでいたなんて、まったく考えもしなかった。
本宅で、義両親のロマンスを涙ながらに聞いたあの日、僕は思い切って同じオメガである義母に発情期が来ない事を相談した。
『気持ちもあって、性的にも問題が無いのに来ないのはおかしいわ。未熟でも立派な子宮だってあるのでしょう』
そんな風に真剣に、僕の悩みを一緒に考えてくれた。
そこへ義兄の大樹さんがご帰宅されて、流れから大樹さんにもご相談してしまった。
大樹さんの奥さんで番でもある義姉のサクラさんは、僕とは逆に発情期が重く大変だったらしい。そんなサクラさんにもお話を聞かせて貰いながらも、僕の悩みは中々解決の糸口がみつからなかった。
夕刻に双葉さんから連絡が来て、まだ本宅に居ると告げると「遅くなるから夕飯はそちらで摂るように」と言われてしまった。それから「いつもの薬も忘れずにね」とも。
夕飯をご馳走になり、忘れない内にとこの薬剤を取り出したところ、何処か悪いのかと義母に心配された。ただの鉄剤ですと告げると、隣にいたサクラさんに「その薬、いつから服用しているの」と問われ、素直に答えると皆一様に僕を見て難しい顔をした。
『立花家に来た時から…か。うん。あいつならやりかねんな』
『そうね…。あの子、変に頑なな所があるから。もしかしたらその位しているかもしれないわね』
『…でも。もう結婚して1年経ったんですよ。未だにって、そんな事…』
僕には何の事か分からない話をし始め、ちょっとオロオロしてしまった。
『秋さん。暫くそのお薬、止めてみて』
そんな事を言われても、貧血症は何れ子供を生むつもりでいる僕には、中々に怖い症状だ。
躊躇しているとサクラさんが『私の使っている貧血予防のサプリを分けてあげるから』と後押ししてくれた。
そして義兄に言われた通り、今まで常用していた薬剤の分析をしてみた所、見事犯人が特定されたって訳。
それにしても、まさか立花の両親まで共犯だとは思わなかった。
「双葉さん…。そんなに僕を、子供のままにしておきたいんですか?」
困った人だなぁ。…僕はちゃんと言いましたよ。
貴方が好きです、って。
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