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近づく距離
翌朝僕は、自分のベッドで目を覚ました。
「あ…、あれ? 双葉さん…」
きちんとパジャマを身に着けている。いつも通りなのに何となく“あれ?”と、違和感を覚えた。見慣れた自室を寝ぼけ眼で見ている内に、昨夜の記憶がじわじわと蘇る。
「う…、ぅわぁ……っ」
は、恥ずかしいっ! あんな事、双葉さんにさせてしまった。どうしよう。どんな顔して会ったらいいんだろう。
思い出したら冷静ではいられず、布団の中で顔を真っ赤に染めて、のたうち回ってしまう。
もおぉ…、なんて事を言ってしまったんだろう。
昨夜お風呂で双葉さんの香りに包まれて、ついつい思ってた事を口にしてしまった。
『双葉さんが欲しいです』
あんなの丸っきりお誘いじゃないかっ!僕のバカ、エッチ! ……でも。
嬉しい…。あんなに情熱的なキスをされたのは初めてだ。それにベッドの中では、とても優しかった。結局、最後まで身体を繋げる事はなかったけど、それでも…。
お腹に当たっていた熱い欲望の感触。双葉さんが僕を、少しは欲しがってくれた事を実感出来た気がする。
「はぁ……」
発情期なんか来なければいい…。10代の頃はそんな風に考えていた。オメガである事は枷にしかならないと、そう思っていた。
だけど父の会社の経営難から政略結婚を余儀なくされ、子作りの為に無理にでも番わされるものだとばかり思っていた相手は、蓋を開けてみたらどんな人より真摯で聡明で、何よりも僕の事を大事に扱ってくれた。優しくて思いやりがあって、とても綺麗で素敵な人。好きになるなと言う方が難しい。結婚して、一緒に暮らして、双葉さんを知れば知るほど好きになった。そんな愛しい旦那様の為に、この頃僕は思うんだ。
オメガでよかった…、って。
この人の、子供が欲しい…、って。
「双葉さん……、 大好きです…」
産まれて初めて、自分の身体を他人の手に委ねた。不安も不快感もなかった。少しの恥ずかしさと、大きな喜びばかりだった事を思い出す。
大好きな双葉さんに大切にされた身体を、きゅっと抱きしめる。
発情期が待ち遠しいなんて、子供だった頃の僕に教えたらどんな顔をするかな?きっと目を白黒させて驚くんだろうな。
ーーーコンコン
突然ドアをノックされてビクッとしてしまう。心臓が跳ねて、慌ててベッドから飛び起きた。
「おはよう御座います。…秋さん、起きてますか?」
ドアの向こうから声を掛けて来たのは、双葉さんではなく家政婦の水沢さんだった。
ああ…、そっか。時計を見て納得した。既に午前中が半分終わっていた。寝穢く惰眠をむさぼるなんて奥さん失格だ。こんな事、双葉さんが知ったら笑われちゃうな。
「あ……」
笑われちゃうんだ…。
そっか、僕。今までずっと、ダメなところを知られたら“怒られる”、“嫌われる”って考えていたっけ。でも今は、自然に“笑われる”って浮かんできた。
距離が…、近くなった、って事だよね?
そうだといいなぁ。
そうでありますように……。
「秋さーん? もう起きてくださいよー」
「はぁーい、もう起きましたぁ」
ドアの向こうの水沢さんに返事を返しながら、緩む頬が少しだけ誇らしかった。
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