19 / 26
溺愛αは眠れない ※
仕事を終え自宅へ戻ると、そこに居るはずの秋の姿が見えない。
先日迎えた初めての発情期は一昨日終わり、夢のように濃密な一週間を過ごした後だ。もしかしたら、時折我に返っていた前後の記憶でも思い出し、恥ずかしがって隠れているのかもしれないな。
本当に可愛い子だ。
初めて迎えた発情期は、想像以上だった。おそらく、これまで抑えられてきた本能が弾け出したのだろう。
初々しくも激しく乱れ、官能を揺さぶり、何度も何度も求めて止まなかった。秋の身体に余すところなく唇を這わせ、あらゆる場所に紅い跡を残した。…そして。
あの白く発光する芳しい匂いの源へ、所有の牙を立てたあの瞬間。
まるでこの世の極楽かと思える程の、絶頂感を味わった。それは秋とて同じだ。狭い隘路に打ち込んだ欲望の楔から、長く放たれる白濁を総て注ぎ込むのに、一体どのくらい時間をかけたのだろう。その間ずっと秋は小刻みに身体を震わせ、声にならない絶頂を迎え続けていた。
終わった時にはぐったりと、秋は気を失っていた。
その後も何度もそれを繰り返し、家政婦の用意した作り置きが無くなる頃、ようやく自我を取り戻したのだ。
それが一昨日。秋はまだ、子鹿の様な足取りなはず。外に出掛けられるはずもない。
一先ず着替えをしようと、寝室のドアを開けた。あの淫靡な空間の名残はもう無い。昨日の内に、家政婦が綺麗に後始末をしてくれた。
スーツから部屋着に着替え、秋の寝室へと向かう。あの、花が咲いたような笑顔がみたい。
ノックをしようと手を上げた時、ドアの向こうから微かな声が漏れて来た。
ーーーひ、…ぐす、…ぅぅ
……泣いている?
どうしたのだろう。
居ても立っても居られず、ノックも忘れてドアを開いた。
そこにはベッドに腰を掛け、しくしくと泣く秋がいた。
「秋っ、どうした!?」
「ぅっ…、ふ、双葉さぁん!」
泣きながら抱き着いてくる秋を抱き締め返す。一体何があったのだ。こんなに泣くなんて…。
「どうしたの、秋? 何があったんだ」
「ふぇ…、ぇ、ぇっ…ううぅ」
ああ…可哀想に。お前をこんなに泣かすなんて。教えておくれ。理由を知らなければ、どう慰めたらいいのか分からない。
「秋…。一体何があった?」
「ぐす…ぐす…、あの、双葉さん」
よかった。どうやら話しは出来そうだ。
「どうしたの?」
「あの…、ぼ、僕ね。 へ、変なんです」
何処が? お前に変なところなんて一つもないのに。
「何か、気になる事でもあったのか?」
「はい…。 その…。 」
いつも素直な秋が言い淀む。どんな言い難い事でも、ケロッと口に出す子なのに、こんなに躊躇するのは珍しい。
「教えてくれるかい、秋?」
「……、はい。 あの、み、見て欲しいんです」
そう言いながら、徐ろにシャツを託し上げた秋は、ここが痛いんですと、目に涙を浮かべ、顔を真っ赤に染めて、泣くほど悩ませた原因を俺に見せた。
「っ、!」
「今日、1日中、ここが服に擦れて、ヒリヒリするんです。 見たら、こ、こんなに赤くて…、は、腫れてて…、ぅうっ…」
そこは確かに真っ赤に腫れて、痛々しかった。
「僕、…変な病気なんでしょうか?」
「違う…、」
ああ…、秋。 それは病気じゃない。寧ろお前じゃなくて、俺の方がおかしいんだ。
「お前のここが、あんまりにも可愛くて、だいぶ弄り倒してしまった俺のせいだ」
「え…?」
「すまない、秋。 痛かったろう」
赤く熱を持ったそこを、ペロッと舌であやす。
「ひゃあっ、…あ、…ぁ、んっ」
舌先で触れたそこは、熱く熱を持っている。こんなになるまで捏ね回してしまったのか。辛かっただろう。ごめんよ、秋。
それにしても、この舌触りの良さは癖になる。
コロコロと舌で転がし、先端を舌先でノックすると、たちまち秋の口から甘い声が漏れ出す。
「あっ…あ…、ふ、双葉さんっ、そんなに舐めちゃ、ダメですっ、、…んっ」
ああ、可愛い…。どうしてこんなに可愛いんだろう。
秋のオメガフェロモンが急速に立ち昇る。なんて甘い香りだろう。誘惑に負けて強引に襲ってしまいそうだ。
ペロペロとあやしていた筈が、いつの間にかちゅくちゅくと吸い付いてしまっていた。
「あっ、あんっ…、も、 吸っちゃダメですよぉ…」
「秋… 秋… 」
硬い蕾のようだった小さな突起は、あの一週間の発情期間中、ずっとこうして吸い付き舐め回し、指で転がし摘まんだり捏ねたりしたせいで、弾力のあるグミのように柔らかく膨らんでしまった。
これは俺のせいだな。是非とも癒やしてやらなければ。
泣くほど痛がっていた筈が、今は腰を揺らし膝を擦り合わせ、必死に快感を逃そうと、小さな抵抗をする秋は、何故か背徳感と戦っているようだ。
「秋? 気持ちいい時は、素直に感じていいんだよ」
「あ、あんっ、…で、でも…、」
「ほら。 こっちもすっかり硬くなった」
俺の手のひらにすっぽり収まる程、ささやかな雄の象徴である秋のそこは、既に硬く張り詰め、時折ぴくりぴくりと手の中で跳ねる。それをパジャマのズボンの上から優しく揉み込む。
「だ、ダメですっ、双葉さんっ」
「駄目じゃない。…さぁ、秋。 どうしたいか言ってごらん」
「あっ…、あっ…、ダメなの、ダメ、あっ…」
ダメダメと、抵抗をみせながらも、無意識なのだろう。腰をクイクイと揺らし、甘い香りを撒き散らしながら、俺の手に擦り付けるように動かしている。もう少しハッキリとした刺激を与えてやろう。素早くパジャマの中へ手を差し込み、下着越しに再びそこを揉みしだくと、その瞬間はあっという間に訪れた。
「あぁっ、ダメっ、ダメなのにぃ…っ」
クゥン…っと、仔犬のように鼻を鳴らし、ブルブルっと華奢な身体を震わせる。硬く目を綴じながら口元に拳をあてて、訪れた絶頂に耐えきれず下着の中へと吐精した。
キャラメルナッツの甘く芳しいフェロモンが濃くなった。脳髄を刺激するような甘い香りだ。
ただでさえ、はぁはぁと荒い息を吐き出し、頬を朱に染めた淫靡な姿に、嫌というほど欲情を煽られているというのに。
もう、我慢出来ない。
「秋っ、」
そっと、支えていた身体をベッドへ横たえ、覆い被さるように顔を覗き込み、秋の可愛らしい唇に吸い付こうと顔を寄せると、健やかな寝息が耳に届く。
え…、ちょっと待て。待ってくれ。
まさかこの状況で、俺は置いてきぼりにされたのか?
…蛇の生殺しとはこの事か。
いっそこのまま服を剥ぎ取り、欲望のままにあの蜜壺へと、この張り詰めた楔を打ち込んだらどうだろう…。
赤く腫れた胸の飾りは、先程の舌での愛撫に未だ濡れて艶めかしい。時折ヒクリ、ヒクリと絶頂の名残りなのか、痙攣する身体が愛しくて堪らない。
しかし……。
ふ、と我に返り、綴じた瞼から滲んだ涙の跡を眺めた。…うん。いけない。こんな幼気な可愛い子に、俺はいったい何をしようとしていた?
同意の無い行為は、如何に愛し合う夫婦と言えどもしてはいけない。人として、男として恥ずべき事だぞ、双葉。
さあ、秋の身体を綺麗に整えてやるんだ。お前が今やるべき事は、汚れた下着を取り替える事だ。
無心になって、眠っている秋の下穿きを取り去り、そこを綺麗に拭った。秋のクローゼットから、清潔な下着を用意し着替えをさせる。
痛いと泣いていたその場所に、薬箱から軟膏を取り出し指に取り、優しく優しく塗ってやる。これはかなりの苦行だな。
「…ん、ふぅ… ん」
んんん…っ。 駄目だ、秋。そんなに可愛らしく鼻を鳴らすんじゃない。
必要以上に軟膏を塗ってしまう。いけない。
秋の眉間に小さな皺がより、またもやクゥンと仔犬の鳴き声が上がる。
「…っ、 クソっ」
カチカチに張った股間が痛む。下腹にドス黒い欲望がマグマのように煮え滾ってきた。目眩く発情期を終えたばかりだというのに、この色狂いのような、抑えられない感情は何なんだ。
断腸の思いでそこから指を剥がし、悪戯ばかりしてしまう悪い手を、ペシンと叩いてやった。
すまない、秋。少しだけ待っていておくれ。
ベッドに天使の様な寝顔をした可愛い妻を一人残し、いそいそとバスルームへ急いだ。
一度吐き出してしまえば、どうという事はない。ついでに風呂も済ませ、スッキリとした気持ちで再び秋の部屋へと足を運ぶ。
「ーーーっ!」
何故だ…。さっきまで、良い子に仰向けで寝ていた筈だろう。 何故……
ーーー尻をこちらに向けているんだ!
仰向けにすやすや寝ていた筈なのに、秋は今ゴロンと横を向き、こちら側に尻を向けた状態で眠っていた。細い腰からなだらかに続く、小さいが丸みのある双丘。ついニ日前に、あの柔らかい尻たぶを鷲掴んで拡げ、腰を刺し入れた記憶が蘇る。
なんて事だ……。せっかく宥めすかし、大人しくさせた暴れん棒が、再びムクムクとヤル気を取り戻してしまったじゃないか。
ーーー試されている。
そうか。これは試練だな。そうなんだな、秋。
いいだろう。その試練、乗り越えてやろう。
この幼い仔犬の皮を被った可愛い小悪魔を、胸に抱きながら眠ってやるさ。
尻の誘惑に負けじと、秋を抱きかかえて自室のベッドに連れ込んだ。
ーーーもしも、だ。
もしもお前が、俺が眠りにつく前に目を覚ましたら、その時はさっきの続きを聞き入れてもらうぞ。大丈夫だ。今夜はとびきり優しく可愛がってやるから。発情期は終わったが、俺達は夫婦だからな。夫には妻を可愛がる権利がある。
そしてそれに応えるのが、お前の役目だろう?いつだったか言っていたよな。
『奥さんなんだから、旦那様にご奉仕するのも努めでしょう』
…って。
腕の中のあどけない寝顔を眺めながら、その瞳に自分が映る時を、今か今かと待ちながら夜は更けていった。
******
「ーーー社長? 聞いてますかっ?」
「……ん? ああ。 何だっけ?」
秘書が大きな溜息をつく。
そんなに呆れなくてもいいだろう。今日は特に急ぎの仕事なんか無かった筈だ。今だって、単なるスケジュールの確認だろう。そんなのお前が把握していれば問題はない。
「午後からはシャンとして下さいよ?今日は宗次さんが来ますからね」
「わかってる」
しまった。宗次が来るのは今日だったか。今夜は早目に帰ろうと思っていたのに、アイツが来るとなると夕飯ぐらいは付き合わねばならないぞ。…面倒だな。
「それから。社長のヒート休暇中に、宝条家の方から連絡が有りました」
「宝条家? 誰からだ」
「隆法さんです。 例の件は進展なし、との言付けでしたが」
「そうか。 分かった」
まだ見付からないか。その事も宗次に伝えなくてはならないな。出来るだけ簡潔に済めばいいが。アイツ、ちょっとしつこい所があるからな。
ああ…。それにしても眠たい。瞼を綴じたら直ぐにでも眠れそうだ。
相変わらず、秘書がスケジュールの確認とやらを繰り返し告げてくる。まるで念仏だな…。
「社長っ!」
……はいはい。 聞いてますよ。
「よう、双葉。 色ボケだって?」
午後の遅い時間になり、3つ年下の従兄弟がにやけ面で現れた。下卑た物言いをしながらも、この男の醸し出す高貴さは失われない。何しろ宝条家の次男だからな。中条の家も大概だが、宝条家はサラブレッドアルファ種だ。歴代の当主夫妻は皆アルファ。うちとは格が違う。とはいえ、この宗次だけは変わり種だが…。
「…違う。 単なる寝不足なだけだ」
「何が違うの? 寝不足になるほど仲良くしてるって事だろ。 このスケベ」
「………」
仲が良いのは否定したくないが、スケベというレッテルは剥がしたい。…間違いではないが。
「何を言う。秋なら昨夜、すやすやとグッスリ眠っていたぞ」
「グッスリ? ぐったりの間違いだろ」
わはは、じゃないっ!まったく。何を想像したんだ、この野郎。
「おっ、と。揶揄いすぎたか。 そんなおっかない顔するなよ。可愛い秋ちゃんに嫌われるぞ」
「お前が下品な事を想像するからだっ」
誓って昨夜は、あれ以上の事はしていない。
そうだ。あれから秋は、朝までぐっすりと眠ったのだ。待ちわびる俺の腕の中で、天使の寝顔を見せてくれた。朝まで。一度も起きずに。
「かなりの忍耐を要したが、愛しい妻の寝顔を、一晩中眺められる幸せを噛み締めただけだ」
「双葉、おまえ…」
「俺の隣で眠ると安心すると言われた。だからもう、今夜からは同じ寝室で休む事になったんだ」
未だ独り身の宗次に、ここぞとばかり惚気けてやろう。せいぜい羨ましがればいい。ついでにちょっとした牽制だ。今日はなるべく早目に要件を済ませろ、とな。
「何? まだ寝室を分けてたのか?」
「当然だ。夫婦といえども、プライベートは尊重すべきだろう」
「よく言うよ。 そのプライベートな空間で、いったい何を想像してたのやら」
「煩いぞ、宗次っ」
そうなのだ。今までうっかり襲ってしまいそうで、ベッドを共に出来なかったが、今朝目覚めた秋は『目が覚めたら双葉さんが隣に居てくれて、僕嬉しかった』と、頬を染めて幸せそうな笑顔を見せた。そんないじらしい事を言われたら、もう寝室を別々になど出来るものか。
今夜からは一緒に眠ろう。そう言うと秋は、花が咲いたような、あの大好きな笑顔を向けてくれたのだ。
可愛くていじらしくて、ちょっとお惚けな、愛しい妻の喜ぶ顔が見られるのなら、寝不足くらいどうと言う事はない。
「おい、双葉。 おまえ、その顔やめろよ」
それに、あれだ。暫くはあの治療もしてやらねばならない。多少…、いや、大いに忍耐を要する治療だが、俺以外にやらせる訳にはいかない。
秋は自分でやると言っていたが、それは駄目だ。秋が自らあの場所を捏ねる姿を想像して、危うく血管が切れそうになった。
俺の命に関わるからと説得し、あの治療は俺がすると受け入れてもらった。
「おーい、 双葉さーん?」
今朝も早速軟膏を手に取り、恥ずかしがる秋にシャツを捲くり上げさせ、突き出すように胸を張らせた。ぷっくりと膨れた双つの粒は、幾分赤味は引いていたが、まだまだ痛々しい様子だった。
そりゃそうだ。駄目だと言われつつも、舐め擦り吸い上げて、存分に可愛がってしまったのだから。
そこへヌルヌルと軟膏を塗り込む作業は、実に愉快でもあり、…正に苦行そのものだった。
触れる度にクンクンと鼻を鳴らし、薬を塗り込む度にピクンピクンと身体を跳ねさす秋は、この世のあらゆる官能を寄せ集めたかの様な妖艶な様で、思わずこちらの鼻息が荒くなるのを隠すのに苦労した。
あれは相当、忍耐力を鍛えられそうだ。
「ああ…、早く帰りたい」
おっと、いけない。まだここは会社の執務室だったな。
ふと、気付くと、向かいに座る従兄弟と、斜め左側に待機していた秘書の視線が集まっている。心做しか、その視線が痛い。
「あ、あー…。双葉、その、 うん」
「社長ぉ……、」
「…………」
言うな。分かっているから、言わないでくれ。
「お前が相当の“むっつり”だってのは、よぉ~く分かったよ」
肩を竦めた苦笑いの宗次と、額に手を当て溜息を吐いた秘書。
だから分かっていると言ってるだろう。
くそっ。今すぐ帰って秋に会いたい。
ともだちにシェアしよう!