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愛されΩのひとりごと〜お引っ越し
パステルグリーンのカーテン。
オフホワイトのラグ。
お気に入りだったふかふかのソファ。
それらが全てが運び出され、リビングはガランとなった。こんなに広かったんだなぁ。
僕と番である夫の双葉さんは、僕の通う大学の近くにマンション住まいをしていた。
本来なら郊外の広い別宅が、僕ら夫婦の新居だったのを、僕の通学の為だけに態々用意してくれたのだ。
「あのぉ… 」
「はい」
「あっちの部屋に転がってたんですけど、これは捨てちゃっていいんですか?」
そう遠慮がちに声をかけてきた、引っ越し業者さん。その手にあるのは、頭に水玉の手ぬぐいをのせた三毛猫のマスコットに、小さな金の鈴が付いたキーホルダー。
「いいえ。 これは持って行きます」
失くしてしまったと思っていたのに、ちゃんと家の中にいたんだ。良かった。
「見付けてくださって、ありがとうございます」
初めて双葉さんから誘われて行った温泉旅行。
風邪で熱を出した僕は、楽しみにしていた旅行を台無しにしてしまい、かなり落ち込んでしまった。
『ほら、秋。 本館の売店に、こんな物があったよ』
チリチリ…、と安っぽい鈴の音。頭に手ぬぐいをのせた、間抜け顔の猫。
何処にでも売っていそうな、チープなお土産のキーホルダー。
落ち込む僕を励ます為に、双葉さんがこれを買ってくれたのだと思うと、可笑しくて嬉しくて。僕はまた少し泣いたっけ…。
間抜け顔の猫を目の高さまで持ち上げて、ふるふる揺らす。チリチリ…と相変わらず安っぽい鈴の音。
「うふふふ…」
お前は連れて行ってあげるね。僕達の新しい『おうち』に。
この春、僕は大学院を卒業した。
結婚しても、いつかは実家の養父の会社に勤める為、薬学を極めるのが目標だった。けれど僕には今、違う目標が出来てしまった。
ーーー双葉さんの子供が欲しい。
長い事、薬で抑えて遅らせてきた発情期のせいで、僕の子宮は未だに未熟なまま…。そのせいでオメガであるにも拘らず、僕は中々に妊娠しづらい身体らしい。
それを知った双葉さんは、僕に頭を下げて謝ってくれた。何故なら僕の発情期を遅らせる為に、実家の両親と共謀して、僕に抑制剤を服用させていた張本人だからだ。
まだ小さな子供だった時から、僕をずっと見守り続けてくれた双葉さん。帰る家が無いからと、しょぼくれてた僕の為に、『おうち』を用意してくれた優しい人。
周囲はそれを、どこか仄暗いもののように語るけれど、僕はどんなロマンチックな物語よりも、心が震えて堪らなかった。
きっと双葉さんにとっての僕は、積み木を重ねていたあの頃の、小さな子供のままなんですよね。
だから僕も、無理して大人になるのは止めたんだ。
双葉さんの望むように、双葉さんの教えのままに、双葉さんのすぐ側で、ゆっくりゆっくり大人になろうと決めたのだ。
「ーーー秋。 忘れ物はないかい?」
「はい、双葉さん」
大好きな僕のアルファ。恋しくて愛しい番の双葉さんと、あの緑輝く庭園の待つ、新しい我が家へと移り住む。
チリチリ… と鳴るキーホルダーを、そっと手の中にしまい込み、思い出の詰まった部屋を出た。
これからもずっと一緒に居ましょうね。
今度は新しい家族もつくりましょう。
ね…、双葉さん。
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