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3日目/3

「取り敢えず、死ぬのを諦めたなら早くロープを外してくれないか。…それが首に繋がってるとソワソワするんだ」 「……かもしれないよ?」 「え?なんて?」  一瞬俯いた青年は、そばに立つ俺にさえ聞き取る事が困難な小さな声で何かを呟くと、音も立てず手すりから飛び降りた。  白い肌、青白い髪に白い服。おまけにもやしみたいな体格なんだから、恐る恐る見上げた先に君がいれば誰だってビックリする。  君が自殺を図ろうとするたびに配達員は怯えていたし、このアパートは“出る”なんて言われてるんだ。  悩みがあるなら教えてくれないか、頑張りすぎは良くない。そうだ、趣味を作ってみるのはどうだろうか?俺もいくつかおすすめを紹介するし、君の方が先に見つけたのなら次までに俺もハマっておくから。  すっかり説得モードに切り替わった頭はあれこれと記事で見た内容を組み立てる。  すると、謎の呟き以降声を発しなかった青年が突然俺の鼻先に髪が掠る距離にまで迫って吠えた。 「ガウガウっ」 「ぅわ!!」  そう。……吠えた。 「この首輪、取ったらおっさん襲われちゃうかもよ?」 「はぁ…くだらない事言ってないで早く取りなさい」 「もがっ…あー、取られたぁ」  口を尖らせスッキリした首を撫でる青年は、ついさっきまで死のうとしていたなんて考えられない普通の若者だった。  取れない縛り方ちゃんと調べたんだぞ、なんて文句を言っているが、その努力を褒める奴なんて地獄の閻魔大王の他に思いつかない。その専門知識を活かし、台風前に慌てて船を固定する漁師の手伝いをしてみてはどうだろうか。 「あとね、昨日も言ったけど俺は柳瀬(やなせ)だ。今度おっさんなんて言ったら二度と助けてやらな──…」  と、そこまで言ったところでハッとした。この子は死にたがりなのであって、俺が助けないと言ったところで何も損しない。  それなら、逆転の発想で行こうではないか。 「次おっさん呼びしたら、二度と死なせてやらないからな」 「はあ?何言ってんだよおっさん……っあ、」  よし、成功だ。  やっちまったと言わんばかりに口を押さえる青年は、そのうち頭まで抱え出してその場にしゃがみ込んだ。 「もー、最悪…別に構ってちゃんとかじゃないから。本当に死にたいんだからな!勘違いすんなよ!ヤナセ!」  素早く立ち上がり、慣れた手さばきでロープを外すと一目散に扉の向こうへと消えてしまった。 バタンの後、ガチャ、からのカシャン。チェーンまで掛けられてしまえば、その用心深さに思わず吹き出す。  なんだ、ちゃんと呼んでくれるじゃないか。呼ばれて嬉しく思っているようでは、自殺を止めたいのか勧めたいのかわからないな。  家の場所は覚えた。これで彼が屋内で自殺を図ろうとしても、壁をよじ登って止めてやる事ができる。  この満足感が、首吊りを止められたからなのかそうで無いのかはわからない。現に、本職の方の合間をぬって調べたあの記事に書かれていた事は何一つ言えずに終わってしまったし、何なら表札を見るのも忘れた。  階段下でポストに目をやるが…こんな所だけはセキュリティの関係なのか、部屋番号以外の記載はされていない。  全く。明日もこのルートで配達しないと、ここで時間を使えないじゃないか。  少しずつ白んでいく空を見上げ、ペダルに足を掛けた。

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