「おっさ……あー、もうおっさんでいいや。アンタは何してんの？」 「俺？…見ての通り新聞配達だが」 「そーじゃなくて昼の話。まさかコレ一本で生活してるわけじゃないっしょ？」 　雨宿りにするには頼りない、気持ち程度の屋根がついた階段に腰をおろした。次第に大きくなる雨粒がサドルを湿らせていく。こりゃ帰る頃には下着にまで染みそうだ。 「この近くで働いてる。ただのしがないサラリーマンだよ」 「あっそ。まぁどーでもいいんだけどね」 「聞いておいてそれか？」 　あんなに悲惨だった血の海…改めトマトソースの海は、あっという間に雨に流れて跡形もなく消え去った。 　俺を除けば本当に他人に迷惑をかけない青年の心遣いは素晴らしい。リアリティを追求するなら血糊だが、なかなか綺麗に落ちてはくれないだろうから。起きがけに血の染みたコンクリートを見たら誰だって腰を抜かす。 「サラリーマンか…いいね」 「そうでもないぞ」 　若干べたつく髪を不機嫌そうに弄っているが、自らそうしたんだって事をこの子はわかっているんだろうか。 　ウェットティッシュが確かポケットに入っていたことを思い出し、立ち上がれば、後を追うように彼もゆっくりと腰を上げる。 「髪キモいから風呂入る。てかそろそろ戻らなきゃ時間ヤバくね？……不本意だけど今日も止められたから、大人しく生きとくよ」 「止めたって言うか……ま、いいか。ゆっくり休むんだぞ」 「死ぬほど寝てやる」 「はは、それがいいよ」 　腕時計に目を向ければ、確かにそろそろ帰社時間に迫っていた。自分中心なようでいて、案外周りを見ている青年にまた感心する。 　どうしてこんな普通の子が、毎日毎日死ぬ為に試行錯誤しているのか。依然として彼を何一つ理解できないまま、出勤4日目を終えた。