11 / 25

5日目/1

 日中は酷い天気に悩まされたが、夜になれば降り続いた雨は上がった。雲ひとつない…とは言えないものの、月の周りを囲う輪の内側に輝く星。破傘というそうだ。これなら翌日まで雨が降る心配はない。  早起きの習慣も身についてきた中で、一番の楽しみはアパートに住む彼との会話。毎日毎日飽きもせず俺を揶揄うあの青年に抱く不思議な感情には、まだ何の根拠も無い。  儚く綺麗で、だがとても危なっかしい若者を放っておける訳がない。これは心配の延長だ。自身にそう言い聞かせ、今宵も自転車に跨った。  後回しにするかどうか始めは悩んだが、昨晩はただ階段に寝そべっていただけなわけで…ならばそう急ぐ必要はない。大幅に遅れる訳でもあるまいし。  通りかかったアパートをスルーして、反対方面へと走り出す。彼をみくびっていたが為に、この後酷く後悔するとも知らず。  よし、ここで最後だ。初日から続いた筋肉痛がようやく和らぎ、ある程度道順を覚えた事も重なったのか予定より早めに辿り着いたアパートの駐車場。  いつもならあそこに…と言ってもそこで見たのはほんの2回きりだが、例の3階手すり付近を見上げる。  が、そこには影ひとつ見当たらない。不思議に思い階段下まで進んでみるも、やはり彼の居た形跡すら何処にも無いのだ。  いくつかの朝刊を郵便受けに挿し込み、いつ飛び出してきても驚かないよう神経を集中させたまま階段を上がった。  1歩、2歩…2階……まだ見えない。もしかして疲れて眠ってしまったのか?時間も時間なのだから仕方がないと諦める気持ちと、どこから湧いてきたかもわからない寂しさが頭の中でバトルを繰り広げる。とうとう3階まで来てしまったが、青年の姿は見えないまま。  ま、そんな日もあるか。死に方を考えているうちに寝落ちてしまった、なんてぶっ飛んだ理由が案外君には似合うのかもしれない。君みたいなこの世の者とは思えない美しさや艶やかさを帯びているような子は、ちょっと抜けている方が人間味があって親近感が湧くものだ。  青年に会う事は諦め、階段を降りようとした所でふと思い出した。  そういえば、まだ君の名前を知らない。下の名前も、苗字さえ。こっそり扉に掛けられた表札を見るくらい許してもらえるだろう。いつまでも“キミ”なんて呼んでいるようじゃ、俺もいつ名を呼ばれなくなるかわからないからな。  小走りで向かった彼の家の前。しかし、俺はまたもや表札を見忘れてしまったのだった。理由は至って簡単。 【今から死にます。ほっといてください ps.鍵あいてるよ】  リアクション芸人も大絶賛のズッコケをかまし、隣家との境目に建てられた柱へ思いきり頭をぶつけた。  絶対にたんこぶが出来たに違いない。夜更け前に自転車を乗り回しておきながら、これまで擦り傷一つ作らなかったというのに。

ともだちにシェアしよう!