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5日目/2

 ほっといてください、と本気で思う人間はこんな馬鹿げた張り紙を家の扉にはしないんだよな。本当に…可愛らしいんだから。  容姿の割には下手くそな字で書かれたそれを丁寧に剥がし、お望み通りドアノブを捻る。  簡単に開いた扉の向こうは真っ暗闇で、手探りで靴を脱ぎ、その辺にあったスイッチを押して照明をつけた。  てっきり1Kくらいかと思っていた室内は、実は奥行きがあるらしく2つの部屋に分かれている。  入って右側の部屋に視線を向けると、白い粒がいくつか飛び散っている様子を確認できた。 「…な、なんだアレは……」  恐る恐る足を進め、白い粒が数種類の錠剤である事に気付く。そして更に俺を驚かせたのは──。 「ひっ…!!」  散らばる錠剤を辿った先に見えた、白く伸びた青年の腕。横たわる彼を見つけるや否や、部屋の電気もつけずに駆け寄った。  彼の周りには酒の缶がいくつかと、空っぽの薬瓶、シート。サーっと頭から血の気が引いた。まさか本気で…? 「おい、大丈夫か…?冗談だよな、昨日みたいに……っ。本当に飲んだわけじゃ無い、よな…?」  返事はなく、指一本動かない。肩を揺するにも相当の力が必要で。脱力し切っている様子に思わず下唇を噛んだ。  まだ身体は温かい。きっと今すぐ助けを呼べば、大丈夫…。  首に触れ、確かに脈がある事を確認しつつスマホを起動したその時だ。 「………て、る…」 「っ、?!」 「い…きて……るって」  普段から声は小さめなのに、今日はその1割にも満たない消え入りそうな声色。  演技なんかじゃない。確実に弱っているのがわかってしまって、急激に潤んだ目元からは堪える間も無くぼろぼろと涙が溢れた。 「……こんくらいじゃ…死なないって……はぁ」 「なんっ……こ、な…事……ッ」  身体に力が入らないらしい彼に肩を貸し、何とか壁まで運んで座らせる。ちょこんと体育座りになる彼の頬は赤く、びっくりするほど熱を持っていた。  まだ酒が抜けていないのだろうか。 人の居住スペースで勝手するのは気が引けるが、緊急事態だし……仕方ない。 「水持ってこようか。少し待ってて」 「いいって。これ以上…世、話…かけらんない……」 「家の前に張り紙までしていた癖に、今日は一段と弱気だな。…大丈夫なのか、本当に」  無意識に頭部へ伸びていた俺の手を、彼は鉄の塊でも背負っていそうな重たい動きで振り払う。 昨日は抱き締めさせてくれたのに、今日は頭を撫でるのも許されないのか。猫みたいな奴だ。 「…触んないで。あと…別にきょ…うは、死にたくてってんじゃ……なくて」  単語すら途切れ途切れ、話すのもしんどそうな彼に黙っていろと言うのは簡単だ。だが、彼が自ら話をしようと息を吸っている。  もしかしたら、自殺未遂を繰り返す理由を話してくれるのかもしれない。悩みや苦しみを打ち明けてくれるのかもしれない。  触れることも禁じられた以上、俺は彼が少しでも声を張らずに済むよう、そばに寄ってやる事しか出来なかった。

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