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epilogue/1

 ──今夜もペダルに足を掛け、第3地区を駆け回る。ライトに迫り来る蝉達を上手くかわしながら、最後の配達先に到着。  いくつかの朝刊の束を抱えて上を見ると、そこに居るのは。 「ヤナセっ、おつかれ」 「…常葉(ときわ)も」  俺より一足早く仕事を終えた常葉が、手すりから身を乗り出し両手を振っている。  これでも十分危ない筈なのに、何故か心は落ち着いていた。この男が本気で死のうと思ったら、こんなじゃ済まない事を俺はよく知っているから。  だからこちらも、笑って手を振り返すことが出来るのだ。  横並びの郵便受けに、リズムを刻みながら投入。1つとばして、次は2つ連続、3つとばして、最後の1つ。こうしているうちに、タンタンと軽快な音を鳴らす足音もすぐそこまで近づいていた。  真っ白な青年は、まだ階段を降りきっていないうちから俺に向かって飛び掛かる。可愛らしくてたまらないが、身長は俺と並ぶくらいあるんだってのをもう少し自覚した方が良い。支えるのも簡単じゃないんだぞ。 「ヤナセ、今日は家寄ってく?」 「終わらせてからまた来るよ」 「…それって何時」  意外と常葉が甘えただと知ったのも、また最近だった。慣れるまでは塩対応だった癖に、懐いたと思ったらこれだもんな。  本当に猫みたいな子だ。夜行性なところまで。 「……1時間以内には」 「遅い。40分」 「よーしわかった。30分でどうだ?」 「さっすがヤナセ!」  君の喜ぶ顔が見たくて、自ら高めてしまった難易度。だが実現させてみせるよ、君の悲しそうな顔だけは見たくないからね。 「20分までの遅刻は大目に見てやるから、コケて怪我すんなよ」 「俺ってそんなにどん臭く見えるか?」 「ナイショー」  常葉は退院してから、以前より沢山笑ってくれるようになった。彼の気持ちを、俺はまだ聞いていない。  言わないのなら、言わないままで。進展がなければ、ないままで。俺はどちらでも構わない。  常葉が生きて、笑っていてくれるなら。

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