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第4話 二人のバレンタインデー4

 久しぶりに家族全員で夕食を取り、母さんが作った甘さ控えめのチョコレートケーキを食べる。  陽馬に一番にチョコをあげる存在は母さんに取られてしまって少し悔しかったけど、母さんの本命は父さんなので、まあ良しとして、俺は陽馬にチョコを渡すタイミングを計っていた。  陽馬に続いて風呂に入った俺は自室に大切に置いてあったチョコレートを片手に陽馬の部屋をノックした。 「律?」  ガチャリとドアが開けられ、陽馬が不思議そうに首を傾げて顔を出した。  その仕草食べちゃいたいくらい可愛いけど。 「なんだよ、陽馬。なんでそんな顔してるんだ?」 「だって、律が僕の部屋のドアをノックするのって、すごく珍しいんだもん。いっつもノックしないで勝手に入ってきちゃうのに……」 「あー、まあ……」  そんなふうに言われてしまうのも仕方ないと言えば仕方ない。  俺が初めてこのドアをノックもなしに開けたとき、陽馬は自慰の真っ最中で……あれがもとで俺が自慰の指導をすることになったんだよな。 「律?」 「今夜はノックしたい気分だったの、中に入れて陽馬」 「変な律」  クスクス笑いながらも陽馬は中へと入れてくれた。  後ろでドアが閉まる音がして、狭い空間に二人きりになる。 「……でも、ちょうど良かった。僕も律の部屋は行こうとして――」  俺は陽馬の言葉を遮るように彼の体を後ろから抱きしめた。 「陽馬、好きだよ」 「ちょ、ちょっと待って律」  焦っている陽馬の体をこちらに向け、俺は彼の目を見つめながら後ろ手に隠していたものを差し出した。 「ハッピーバレンタイン……」 「え?」  きょとんとする陽馬が可愛い。 「これ、チョコ? バレンタインの?」 「そうだよ。おまえ、チョコ、好きだし、俺の気持ちってことで」  あー。照れくさい。  ひたすら照れる俺に、陽馬はまだ目を大きく見開いたまま固まっている。 「陽馬? 受け取ってくれないの?」  俺が少々不安になり始めたとき、陽馬はようやく口を開いた。 「ううん、ううん。ありがとう、ありがとう、律。……でもね、あのね」  突然陽馬が挙動不審になったかと思うと、俺の腕からするりとすり抜け、自分の鞄の方へと行き中を探っている。 「陽馬?」  やがて陽馬は右手を後ろに回したまま俺の傍へと戻って来た。  そして。 「ハッピーバレンタイン……」  消え入りそうな声とともに差し出された可愛い包に、今度は俺が目を見開き固まる番だった。 「えっ? 陽馬、これってもしかして……チョコレート?」  さっきの陽馬の問いかけを今度は俺がしてしまっていた。  だってまさか陽馬からチョコを貰えるなんて……。  俺たち二人はお互いへのバレンタインチョコを手にしばし見つめ合う。 「ありがとう」 「ありがと……」  俺と陽馬の言葉がシンクロした。  陽馬がくれたのは俺が買ったのとは違う店のものだったが、有名ブランドのもので美味しいと評判の洋菓子店のものだった。  綺麗にラッピングされたチョコの包をそっと撫でる。  マジ嬉しい。  俺にとってバレンタインはウザいだけのものだったが、本当に好きな人に貰うチョコはキラキラした宝物のよう。 「陽馬、これ買うの、恥ずかしくなかった?」  問いかけると、陽馬は泣きそうな顔になった。 「そんなの恥ずかしかったに決まってるだろ。周りの女の子たちから気持ち悪がられたんだから」  陽馬は自己評価がすこぶる低い。  チョコを買ってくれたのはものすごく嬉しいけど、女の子の群れの中に陽馬が入り込むなんて、狼の中に子羊ちゃんを放り込むようなものだと俺は思う。  ……無事、帰って来てくれて良かった。  なんてことを考えてると、陽馬からも同じ質問をされた。 「律こそ、チョコ買うの、恥ずかしくなかったの?」 「俺は恥ずかしくなんてなかったっていうか、陽馬を思って陽馬のためのものを買うひとときがすごく幸せだったから、周りなんて見えなかった」  ありのままを答えると、陽馬は真っ赤になる。  色白の肌が赤く染まるさまはとても色っぽい。 「……っ、……律ってば、そんなことばかり言って、それこそ恥ずかしくないの?」 「全然。だって本当のことだもん」 「…………」  陽馬は更に赤くなる。これ以上赤くなったらトマトにでもなっちゃいそうだ。 「ふふ……陽馬、照れてるの? かーわいい」  俺は最愛の恋人の体を思い切り抱きしめた。

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