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9.鎖

「ぁ……、イム、ノス……」 震える声で囁けば、イムノスはドキッとした顔で俺を見つめた。 あー……。こいつ、本当に俺のこと好きなのか。 俺のこと、一体いつから好きだったんだ……? 「なぁ……、俺のこと、……っ、好き……?」 まだ動けそうにない体が、時折ビクビクと跳ねる。 荒い息の隙間から尋ねれば、イムノスは普段の冷静沈着な様子とは打って変わって、あたふたと視線を彷徨わせた。 その間に、少しでも息を整える。 手足は酸素が足りてねーのか、指先を擦り合わせても、じんじんと軽い痺れを感じるだけで、力が入ってる感じしねーな……。 じわりと胸に不安が過ぎる。が、さっきのサインをもう一度思い出して、勇気を奮い立たせる。 いつまた動き出すかも分かんねーこいつの前で、タイミングなんて待ってられるか。 ここでやるしか、ねーよな。 イムノスが俺に顔を近付ける。そっと、愛の込められた口付け。 ゆっくり離れたその顔には、思い詰めたような瞳。 「……っ、イムノス……?」 跳ねる身体に翻弄されつつなんとか俺が問い直せば、イムノスは、切長の瞳で俺をじっと見つめて告げた。 「……隊長を、お慕いしています……」 「……そっか……。ありがと、な……」 俺はなるべく優しく笑って、右手をイムノスを抱き締めるようにその後頭部へと回す。 手首から伸びる鎖は、これでピッタリ、イムノスの首の周りで一周した。 俺は、鎖の端を掴んだ左手と右腕を思い切り引いた。 ハッと、イムノスの瞳が見開かれる。 「たっ……――」 ジャラリと音を立てて勢いよく首が締まると、イムノスの言葉は途切れた。 「でもなっ、こういう無理矢理なのは、良くねーに決まってんだろ!!」 力がうまく入らない両腕にありったけの力を込めれば、イムノスの顔色が変わる。 向こうでルスの苦悶の声が上がる。 だよな。分かってるよ。 「ルスも覚悟の上なんだよ! お前が落ちるのが先か、ルスが先か、俺達と勝負だ!! 俺はぜってーお前を殺してやるからな!!!」 覚悟を叫んで俺は全力で鎖を引き絞る。 頼む、俺の身体。今だけ俺の言うことを聞いてくれよ!! 殺意の篭もった俺の視線に、イムノスが怯んだ。 おいお前、こんだけのことしといて、自分は殺されるはずがないなんてよく思えるな。 そーゆーとこが、お坊ちゃんなんだよな。 ルスの呻きが止む。 次いで届く荒い息。 どうやらイムノスは魔力が送れなくなったらしい。 だが、まだ俺の腕を掴む手に力は残っている。 こっからが難しいんだよな。 あんま長いと本当に死ぬからなぁ。 けどこの状態で復活されちまうと、今度はこっちがヤベェし……。 力を緩めるタイミングに迷う俺に、ルスの声が届く。 「そこまででいい」 ホッとした途端。身体中の力が抜ける。 ベッドに沈んだ俺の上に、意識を失ったイムノスが覆い被さってくる。 俺にずっと挿し込まれていたイムノスのものは、力を失いずるりと抜けていた。 「っ……、くそ……重いんだよ……」 忌々しく呻きながら、イムノスの下から這い出す。 重い身体を引き摺りつつ、鎖のかけられたフックから鎖を一本ずつ外す。 手足にぶら下がる鎖はそのままに、俺はルスに駆け寄った。 いや、駆け寄るつもりではあったんだけど、実際はよたよた歩くので精一杯だ。 「ルス……待たせて、ごめんな……」 「俺こそ、お前を助けられず、荷物になってしまったな……すまない……」 「そんなことっ……」 「レイ」 ルスが俺の言葉を遮るように名前を呼ぶ。 黒い瞳が優しく細められて、その唇が俺を招いていた。 「い……いい……の、か? 俺、今まで、あいつ、に……」 俺の声は震えていた。 犯されることよりも、ルスに嫌われてしまうことの方が、ずっとずっと……、ずっと、怖かった。 「お前を、見ていたよ」 言われて、ぎくりと身体が強張る。 「お前が……、俺のために、戦う姿を、な……」 ふ。と笑うルスの表情が柔らかくて、俺は許された事に心底ホッとした。 途端、膝が笑ってガクンと転びかける。 「と、とにかく今はルスをこっから出さなきゃなっ」 ルスを拘束する鉄板のようなものは、鍵がないと外れそうにない。 剣があれば叩き壊すことも出来るかも知れないが、ぴたりと嵌められたそれを壊せば、ルスの手足もタダでは済まなそうだ。 「あの棚を探してみてくれないか」 ルスが視線で示した小さな棚を引いていけば、三段目にそれはあった。 「お、ルスすげぇな! 鍵あったぞーっ」 ルスの両手を、足を、順に解放する。 「視界だけは奪われなかったからな、あいつがその棚に何度か触れていたのを見ただけだ」 ルスが苦笑するように言う。 ルスは椅子からゆっくり立ちあがると、不自由な足を引き摺って、椅子に掴まりながら横に避けた。 そっか、杖がないもんな。この部屋にはなさそうだから、どっか別のとこか……。 「あいつは、ここに捕まえておくか」 椅子を眺めつつ言うルスに、頷く。 「そだな。ここなら気付いても動けねーよな」 俺より頭ひとつ分くらい背の高いイムノスを、ベッドからズルズル引き摺ってきて椅子に座らせる。 肌と肌が擦れ合うたびに、ぞくぞくと熱を感じて、勝手に息が上がる。 もー、ほんと、早く抜けてくんねーかな、この薬……。 しゃがみこんで両足に鍵をかけると、ルスがいつもより低い声で言った。 「お前はもう、そいつに触れなくていい」 俺は慌てて手を引っ込める。 ルスに鍵を求められて、手渡す。 あ。やっぱルスの手、あったかいな。 ルスは無言でイムノスの手首に鍵をかける。 もう片方の手首は、しばらく脈をみて、イムノスが正しく呼吸をしているのを確認してから鍵をかけていた。 「どうする? まずは詰所行くか? 団長に報告すんのが先かな?」 「……まずは、お前の身体を何とかするのが先だろう」 ルスは、そう言って俺を上から下まで眺める。 急に恥ずかしくなって、俺ははだけたシャツの前をかき集める。 「っ、ごめん……」 思わず俯けば、ルスが椅子を伝って一歩近付く。 「俺に謝ることはない。……レイ……、よく耐えてくれたな」 ルスの温かい大きな手が、優しく、傷に触れないように、俺の側頭部を撫でて頬を包む。 ああ……。ルスだ……。 ルスが、俺に触れてくれてる……。 安堵と喜びに、じわりと涙が滲む。 「肩を貸してくれるか?」 「ん、任せろ」 ルスに言われて、ルスをベッドに座らせる。 ドロドロのシーツは引っ剥がした。 あいつの臭いがしそうで、俺は嫌なんだけどな、ここ……。 この部屋、他に椅子っぽいもん無いんだよな。 「つか、ここどこなんだろ……」 石造りの壁に囲まれた、湿っぽい部屋の中を見渡して呟く。 窓らしいものはひとつもない。 イムノスの屋敷だとかで、外に私兵がいるとか、そういう可能性もあんのかな……。 「ここは城の地下だ」 「……城?」 「お前は……。自分が守る国のことくらい、もう少し勉強しておけ」 ため息と共に言われて、俺は苦笑いを返す。 ここは元拷問部屋で、今は物置になりつつある場所だとルスは説明した。 そんでなんか、色んな物でごちゃごちゃしてんのか……。 もうずいぶん長い事、騎士団の倉庫の予備として利用されてるらしい。 「今年の鍵の管理はお前の隊だろう」と言われて、この数年そういうのを丸っとイムノスに丸投げしていた事を反省する。 「あの衝立の向こうを見てきてくれ」 と言われて見に行けば、そこには桶や手ぬぐいが揃っていた。 水の張られた深めの樽もある。 ああ、イムノスは綺麗好きだからな。確かに、こういう準備はちゃんとする奴だよ。 苦笑しながらも、俺はそれを借りて身体を拭くことにする。 ジャラジャラと耳障りな、両足にぶら下がっていた鎖を、何やら複雑に固定された革ベルトごと外して、手首の……つか、このベルト片手じゃ外せねーな……。 「ほら、俺がやるから、何でも持ってこっちに来い」 ルスに手招きされて、俺は水を移した桶と手拭いを持って、ルスのところへ駆け寄った。気持ちだけは。 ルスの両手が俺の手首を包む。 あったかい手に、思わず胸がじんとなる。 「あ、ありがとな……」 ルスは、俺の言葉にピタリと動きを止めた。 「レイ……」 ぼそりと呼ばれたその声が、なんだか低くて、俺は少しだけ緊張する。 「ル、ルス……?」

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