10 / 14

10.懺悔

「お前、イムノスにも礼を言っていただろう」 「え、あ、えーと……そうだっけ……?」 記憶を辿ろうとしても、薬のせいか最中のことはいまいちよく思い出せない。 「お前……、俺が、お前に、あんな事をすると思ったのか……?」 うえ、ヤバイ……、これ、ルスやっぱ怒ってる、よな……? 「や、えーと……、その……ご、ごめ……」 謝ろうとする俺の顎を、ルスの温かい指先が引き寄せる。 「ん……っ」 唇が触れ合うと、ルスは俺の頭と肩に手を回して、ぐいと深く口付けた。 ルスのあったかくて分厚い舌が、俺の唇を丁寧に舐め回してから、そっと中に入ってくる。 「……ぅ……」 ゆっくりと、隅々まで確認するように、俺の歯列をなぞって、舌の裏も、上顎も、全部を撫でてゆく。 「んぅ……ぅ……んん……っ」 あ……そっか、これ、イムノスに触られたとこ、ルスが、全部……。 ゆっくり唇を離されて、息を継ぐ。 ぼんやりした頭で眺めているうちに、ルスは手拭いを濡らして絞った。 「ちょっと冷たいぞ」 一言告げて、俺の顔を、首筋を、丁寧に拭きあげる。 「……っ、ん……っぁ……ぅぅ……ん……」 水を含んだ布の感触が、ルスの手の温かさと混ざって、何度も肌の上を行き来すると、俺は声が堪えられなくなった。 「……感じるのか?」 低く尋ねられて、叱られているようで、身がすくむ。 「ごっ、ごめん! ルス、俺……っっ」 「ベッドに上がれ」 おずおずと上がれば、ルスも動かない片足を引き摺るようにしてベッドに上がった。 「服を脱いで、うつ伏せになれ」 言われて、一枚きり残っていたシャツを脱いでベッドに伏せながら、ルスの表情を盗み見る。 ルスは眉間にちょっとだけ皺を寄せて、不機嫌そうな顔をしていた。 「……な、なあ、ルス……、やっぱ、怒ってる、のか……?」 恐る恐る尋ねれば、ルスは答えないまま、俺の背中を拭き始めた。 「……どうして、そう思う?」 俺の問いに、遅れてボソリと返って来たのは、問いだった。 ……え? え……、えええ……??? どうしてって言われても、なあ……。 だって、ルス、どうみても機嫌悪そうじゃねーか。 そりゃこんな目に遭って、機嫌いい奴なんていないだろうけどさ……。 やっぱ、俺がイムノスにヤられ……――。 「っ、ぁ……っっ、んんんっ」 背中を拭いたルスが、首の裏をゴシゴシ拭いて、それから舐めた。 ゆっくりと、俺の首の裏を全て舐め尽くすように、温かいルスの舌が這う。 「は、あ……ぁ、ぁ、あ……っ、ルス……っっ」 ぞくぞくと熱が繰り返し溢れてきて、苦しい。 ルスに触れてもらえることが、嬉しくてたまらない。 「あいつにも、こんな風に舐められていたな……?」 耳元で囁かれたルスの声が、どこかヒヤリと冷たくて、俺は泣きそうな気持ちになる。 「ぅ…………、ルス……、ごめん……。ごめんな、俺……」 謝る以外に、どうしたら良いのか分からない。 ぐいと肩を引き上げられて、上半身が仰向けになる。 ルスは、苦しそうな顔をしていた。 手ぬぐいを洗い直して、ルスは俺の胸を拭き始める。 ねっとりと神経質なほどに、隅から隅まで拭き上げられれば、どうしようもなく肌が疼いた。 「んっ……、ぅ、く……、ん……っっっ」 声が殺せなくて、思わず両手で口を覆う。 ルスは、立ち上がってしまった俺の胸の突起を、両方同時に強く拭いた。 「んんんんんんんんんっっっ!!」 目の前がチカチカするほどの衝撃が、胸からビリビリと伝って頭に刺さる。 「あいつに触られて、随分良さそうだったな」 「や……っ、そんな、事……言わな……ぁあっ、んんんっっ」 ルスは俺の胸に強く舌を這わせる。 あいつに触られた事実を、全て塗り替えようとするように。 俺はどうしようもなく、涙が溢れた。 ルスを傷付けてしまった事が、ルスにそんな風に言わせてしまった事が、不甲斐なくて、悔しかった。 「ごめ、っルス……ぅ、あ……、ごめん……、っ、ごめん、な……」 「謝るな」 ルスに短く言われて、息を呑む。 ルスは俺の手を取ると、手首の皮ベルトを外しながら、俺を見ないままに胸の内を言葉にする。 「分かっている……。お前に非はない。これは俺の身勝手な感情で、本来俺が自分で飲み込むべきものだ。お前にぶつけるなど、あって良いことじゃない。己の未熟さに……、腹が立つ……」 見上げたルスの瞳は暗くて、その顔はとても苦しそうだった。 もう片方の手からもベルトが外される。 赤く痣の残った俺の両手首を、ルスは何度も何度も撫でた。 まるで、その痣を、消してしまおうとするように。 優しい仕草の中で、ギリッと、小さく音がする。 ルスが奥歯を噛み締めた音だ。 ああ……ルスは、そんなに……。 俺のこと、独り占めしたいって、そんなに強く思ってくれてたんだ。 愛されている喜びと、そんなルスを傷付けてしまった悲しみが、胸の中で散り散りに広がる。 「俺……、ルスが無理して我慢するより、俺にぶつけてくれる方が、ずっといいよ」 いつものように、ヘラッと笑って答えれば、ルスは今にも泣きそうな顔をした。 「……っ、俺がお前の枷になったからだ。俺が居なければ、お前はあんなに言いなりになる事も無かっただろうに……っ!」 「ルス……」 俺はベッドの上で身体を起こすと、ルスの、血が滲みそうなほど強く握り締められた拳を、両手で包んでそっと撫でる。 「ルスは巻き込まれただけで、むしろ被害者だろ? ルスが責任感じるような事、ひとつもねーよ」 俺の指に促されて、ルスがぎこちなく開いたその掌には、やはり爪の刺さったような痕があった。 温かい掌を引き寄せて、その傷を慰めるように、ひとつずつに口付ける。 「俺のせいで、痛い思いさせちまって……、嫌な思いも、いっぱいさせちまって……、本当にごめんな……」 ぽろりと溢れた俺の涙を、ルスがその温かい指先で拭った。 「レイ……」 ルスは俺の名を大切そうに呼んで、俺を閉じ込めるように、その両腕で力強く抱きすくめた。 「お前を慰めてやりたい。お前を労わってやりたい。お前を休ませて、安心させてやりたい。……そう、思っているのに……。できない俺を許してくれ……」 泣きそうな声で言われて、俺はルスの背中を撫でる。 ルスは、ほんとに真面目だなぁ。 そんなに責任感じなくても。『俺は嫌だった』って、俺に怒っても、いいのにさ。 「俺、十分ルスに慰められたし、労ってもらってるし、安心させてもらってるって」 泣き笑いで俺が言えば、ルスも泣きそうな顔で笑った。 「……お前の方が、辛かっただろう……?」 ああ、ルスの気持ちが嬉しい。 俺を気遣ってくれる、その気持ちが、本当に嬉しくて胸があったかくなる。 自然と、いつもの軽い笑いが口元に浮かぶ。 「もー、そーゆーの比べんのやめよーぜ? 俺も辛かったし、ルスも辛かった。それでいいよ」 明るく言う俺に、ルスもつられたのかほんの少し柔らかい表情になる。 でも、ルスの口から出たのはそこそこ物騒な台詞だった。

ともだちにシェアしよう!