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10.懺悔
「お前、イムノスにも礼を言っていただろう」
「え、あ、えーと……そうだっけ……?」
記憶を辿ろうとしても、薬のせいか最中のことはいまいちよく思い出せない。
「お前……、俺が、お前に、あんな事をすると思ったのか……?」
うえ、ヤバイ……、これ、ルスやっぱ怒ってる、よな……?
「や、えーと……、その……ご、ごめ……」
謝ろうとする俺の顎を、ルスの温かい指先が引き寄せる。
「ん……っ」
唇が触れ合うと、ルスは俺の頭と肩に手を回して、ぐいと深く口付けた。
ルスのあったかくて分厚い舌が、俺の唇を丁寧に舐め回してから、そっと中に入ってくる。
「……ぅ……」
ゆっくりと、隅々まで確認するように、俺の歯列をなぞって、舌の裏も、上顎も、全部を撫でてゆく。
「んぅ……ぅ……んん……っ」
あ……そっか、これ、イムノスに触られたとこ、ルスが、全部……。
ゆっくり唇を離されて、息を継ぐ。
ぼんやりした頭で眺めているうちに、ルスは手拭いを濡らして絞った。
「ちょっと冷たいぞ」
一言告げて、俺の顔を、首筋を、丁寧に拭きあげる。
「……っ、ん……っぁ……ぅぅ……ん……」
水を含んだ布の感触が、ルスの手の温かさと混ざって、何度も肌の上を行き来すると、俺は声が堪えられなくなった。
「……感じるのか?」
低く尋ねられて、叱られているようで、身がすくむ。
「ごっ、ごめん! ルス、俺……っっ」
「ベッドに上がれ」
おずおずと上がれば、ルスも動かない片足を引き摺るようにしてベッドに上がった。
「服を脱いで、うつ伏せになれ」
言われて、一枚きり残っていたシャツを脱いでベッドに伏せながら、ルスの表情を盗み見る。
ルスは眉間にちょっとだけ皺を寄せて、不機嫌そうな顔をしていた。
「……な、なあ、ルス……、やっぱ、怒ってる、のか……?」
恐る恐る尋ねれば、ルスは答えないまま、俺の背中を拭き始めた。
「……どうして、そう思う?」
俺の問いに、遅れてボソリと返って来たのは、問いだった。
……え? え……、えええ……???
どうしてって言われても、なあ……。
だって、ルス、どうみても機嫌悪そうじゃねーか。
そりゃこんな目に遭って、機嫌いい奴なんていないだろうけどさ……。
やっぱ、俺がイムノスにヤられ……――。
「っ、ぁ……っっ、んんんっ」
背中を拭いたルスが、首の裏をゴシゴシ拭いて、それから舐めた。
ゆっくりと、俺の首の裏を全て舐め尽くすように、温かいルスの舌が這う。
「は、あ……ぁ、ぁ、あ……っ、ルス……っっ」
ぞくぞくと熱が繰り返し溢れてきて、苦しい。
ルスに触れてもらえることが、嬉しくてたまらない。
「あいつにも、こんな風に舐められていたな……?」
耳元で囁かれたルスの声が、どこかヒヤリと冷たくて、俺は泣きそうな気持ちになる。
「ぅ…………、ルス……、ごめん……。ごめんな、俺……」
謝る以外に、どうしたら良いのか分からない。
ぐいと肩を引き上げられて、上半身が仰向けになる。
ルスは、苦しそうな顔をしていた。
手ぬぐいを洗い直して、ルスは俺の胸を拭き始める。
ねっとりと神経質なほどに、隅から隅まで拭き上げられれば、どうしようもなく肌が疼いた。
「んっ……、ぅ、く……、ん……っっっ」
声が殺せなくて、思わず両手で口を覆う。
ルスは、立ち上がってしまった俺の胸の突起を、両方同時に強く拭いた。
「んんんんんんんんんっっっ!!」
目の前がチカチカするほどの衝撃が、胸からビリビリと伝って頭に刺さる。
「あいつに触られて、随分良さそうだったな」
「や……っ、そんな、事……言わな……ぁあっ、んんんっっ」
ルスは俺の胸に強く舌を這わせる。
あいつに触られた事実を、全て塗り替えようとするように。
俺はどうしようもなく、涙が溢れた。
ルスを傷付けてしまった事が、ルスにそんな風に言わせてしまった事が、不甲斐なくて、悔しかった。
「ごめ、っルス……ぅ、あ……、ごめん……、っ、ごめん、な……」
「謝るな」
ルスに短く言われて、息を呑む。
ルスは俺の手を取ると、手首の皮ベルトを外しながら、俺を見ないままに胸の内を言葉にする。
「分かっている……。お前に非はない。これは俺の身勝手な感情で、本来俺が自分で飲み込むべきものだ。お前にぶつけるなど、あって良いことじゃない。己の未熟さに……、腹が立つ……」
見上げたルスの瞳は暗くて、その顔はとても苦しそうだった。
もう片方の手からもベルトが外される。
赤く痣の残った俺の両手首を、ルスは何度も何度も撫でた。
まるで、その痣を、消してしまおうとするように。
優しい仕草の中で、ギリッと、小さく音がする。
ルスが奥歯を噛み締めた音だ。
ああ……ルスは、そんなに……。
俺のこと、独り占めしたいって、そんなに強く思ってくれてたんだ。
愛されている喜びと、そんなルスを傷付けてしまった悲しみが、胸の中で散り散りに広がる。
「俺……、ルスが無理して我慢するより、俺にぶつけてくれる方が、ずっといいよ」
いつものように、ヘラッと笑って答えれば、ルスは今にも泣きそうな顔をした。
「……っ、俺がお前の枷になったからだ。俺が居なければ、お前はあんなに言いなりになる事も無かっただろうに……っ!」
「ルス……」
俺はベッドの上で身体を起こすと、ルスの、血が滲みそうなほど強く握り締められた拳を、両手で包んでそっと撫でる。
「ルスは巻き込まれただけで、むしろ被害者だろ? ルスが責任感じるような事、ひとつもねーよ」
俺の指に促されて、ルスがぎこちなく開いたその掌には、やはり爪の刺さったような痕があった。
温かい掌を引き寄せて、その傷を慰めるように、ひとつずつに口付ける。
「俺のせいで、痛い思いさせちまって……、嫌な思いも、いっぱいさせちまって……、本当にごめんな……」
ぽろりと溢れた俺の涙を、ルスがその温かい指先で拭った。
「レイ……」
ルスは俺の名を大切そうに呼んで、俺を閉じ込めるように、その両腕で力強く抱きすくめた。
「お前を慰めてやりたい。お前を労わってやりたい。お前を休ませて、安心させてやりたい。……そう、思っているのに……。できない俺を許してくれ……」
泣きそうな声で言われて、俺はルスの背中を撫でる。
ルスは、ほんとに真面目だなぁ。
そんなに責任感じなくても。『俺は嫌だった』って、俺に怒っても、いいのにさ。
「俺、十分ルスに慰められたし、労ってもらってるし、安心させてもらってるって」
泣き笑いで俺が言えば、ルスも泣きそうな顔で笑った。
「……お前の方が、辛かっただろう……?」
ああ、ルスの気持ちが嬉しい。
俺を気遣ってくれる、その気持ちが、本当に嬉しくて胸があったかくなる。
自然と、いつもの軽い笑いが口元に浮かぶ。
「もー、そーゆーの比べんのやめよーぜ? 俺も辛かったし、ルスも辛かった。それでいいよ」
明るく言う俺に、ルスもつられたのかほんの少し柔らかい表情になる。
でも、ルスの口から出たのはそこそこ物騒な台詞だった。
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