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第3話

 それから、入院もしていたけれど、最後は二人の家で過ごしたいと君が希望し、今、ここにいる。  実際体は辛いだろうし、ほとんどベッドにいるだけの日々だけど、君の顔は穏やかだ。  元々出かけるのは好きじゃなく、僕と二人だけで過ごせる時間が一番好きだと言ってくれた君らしいのかもしれないね。 「少し眠る?」 「うん。手、いい?」  君が右手を差し出す。僕はそれを両手でそっと包み、君が寝入るまでそばにいるのだ。  眠ったまま息をしなくなるんじゃないかと、いつも不安になっていることはおくびにも出さないよう気をつけて。  やがて静かな寝息が聞こえて、訪問看護のスタッフさんから用意してもらった酸素モニターをつけてみると、安定した数値。脈もいつも通り。  安心はできないけれど、この時間のあいだにできることはやらなくちゃならない。  肌が弱いのに、さらに皮膚が薄くなった君の為の肌触りのいい下着やパジャマを洗濯して、髪に心地いいドライシャンプーを買い足しておかないと。それと「あれ」も……。  複合型のスーパーで不足しそうなものを調達する。短時間で済ませなきゃならないけど、年齢を重ねると自分が思うよりも時間がかかる。僕もすっかり年を取った。それでも記憶力は保持していると自負している。買い物はメモしなくても全部覚えていられるから。  家に戻ると君は静かに眠っていた。酸素モニターの数値も変化なし。  安堵のため息をついて髪を撫でる。 「ん……」 「あっ、ごめん。起こしてしまったね」 「……いや、そろそろ背中が痛かったから……ごめん、横に向けてくれる?」  眠らないと辛いのに、眠ると体が硬くなり、体勢を変えるのも一苦労の君。僕はゆっくりと君の体を傾ける。 「ありがと……。あと、喉もかわいちゃった。あれ、ある?」 「もちろん。今買い足して来たからいつでも飲めるよ」  吸い飲みに、忘れずに買ってきた「あれ」を少し入れる。  飲むと言っても舌を少し湿らせるくらいなのだけど、寝起きで感覚の薄い舌が生き返る、と君は言う。 「やっぱり桃のソーダは美味しい」   「良かった。まだ飲む?」 「うん。もう一口……んっ……」  吸い飲み容器をゆっくり傾けたけど、口の端から一筋こぼれた。  僕はすぐさま、それを唇で迎えに行く。 「……甘酸っぱいな。初恋の味だ」    僕が言うと君はふふふ、と笑って瞼を閉じて、僕は今度は唇の端でなく、しっかりと唇を重ねた。でも、息が苦しくなるといけないから、すぐに唇を離す。  けれど……君は弱々しくも僕の体を引き寄せ、自ら唇を重ねた。  すぐに、涙が触れる。  くっついた頬同士が同じように濡れた。 「……もう少し、一緒にいたかったね。君とおはようを言って、食卓でご飯を食べて、手を繋いで買い物に出かけて、おやすみを言いながら同じベットで眠る……ありふれた当たり前の日々を、まだまだ君と過ごしたかった……」  死の宣告後、一度も流さなかった涙を静かにこぼしながら、最後には咳き込んでしまう君。  僕は君を抱きしめ、背を撫でながら、ただ一緒に泣いた。  

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