5 / 6

第5話

「驚くよな。まぁそれが普通だと思う。ずっと考えてたんだ。この村を出てレギーナへ行く。それで騎士に志願する」  行こうと思う、ではなく「行く」だった。もう決まっているのだ。それに気づいてユリウスはぐっと奥歯を噛み締めた。 「……決まってるんだね」 「ああ」 「行くのはいつ? 半年後、くらい?」  半年後にはカイルの十七歳の誕生日がやってくる。それに向けてユリウスはなにをあげようかと思案し始めたところだった。 「一週間後だ」 「え! 嘘、でしょ? だって一週間なんて……」  なにもできないよ、と落胆する言葉をユリウスは飲み込む。こちらを振り向いたカイルの顔が、今にも泣きそうに切なげだったからだ。決定は変えられない、無言でそう言われている。  ラグドリア騎士団に入ると決めたのは、おそらくかなり前なのだろう。剣術の稽古で忙しいからと言われ始めたのは半年以上前だった。その頃からカイルはユリウスに言い出せないで悩んでいたのだろうか。 (もっと早く言って欲しかった。相談くらいして欲しかった。僕らは友達じゃないの?)  ユリウスはどんな顔でなんと言えばいいのか見当もつかない。確かに騎士団に入るのがカイルの夢なのは覚えている。  だがあまりに突然すぎて、色々な感情と言葉が頭の中をぐるぐるしていた。それなのに、ユリウスの様子を見ていたカイルがふっと笑う。 「なんで、笑うの……。笑いごとじゃないよ。言うのが遅いよ。ひどいよ……」 「ごめん。いや……お前が泣くんじゃないかと思ったんだけど、なんというか、泣かないんだなって」 「はあ? もう、バカにしてるの? 正直、泣きたい気持ちだよ。こんなぎりぎりになって知らされる僕の身にもなって欲しいね。出発までの一週間、僕に時間を空けてくれんだよね?」  ユリウスの口調は、まるで大好物の七面鳥を横取りされたときのように尖っている。なんと言えばいいのかわからないと思っていたのに、カイルが僅かに笑うのを見て言葉が噴き出した。最後は駄々っ子のように頬を膨らませている。 「ああ、出発までの間、俺の体はユリウスに貸し出す」 「なに、その言い方……」  カイルの声はやさしく艶めいていて、いつどこでそんな言い方を覚えたのだと腹立たしささえ覚える。その反面、ずっと燻っていた感情を刺激され、胸がきゅうっと苦しくなった。うれしいやら照れくさいやらで、今度はユリウスの視線が遠くを彷徨う。 「とにかく、言い出せなくて悪かった。騎士団に入るためにサンドリオを出るけど、この村には帰ってくるつもりだから」  約束だ、とカイルが手の平を上に向けて差し出してくる。それに反応してユリウスはその手の上に自分の手を乗せた。お互いにギュッと握り合い、同時に目が合った。これは友人同士で約束をするときによく使われる。  だがカイルと手を繋いで約束しているこの瞬間、ユリウスは予感していた。  この約束はきっと守られない。  カイルはこのサンドリオには戻ってこないと。  だが言葉にはしなかった。言ってしまえば涙があふれてしまう。  カイルと約束を交わし、出発までの一週間をどう過ごそうかとそちらに意識を逸らせる。 胸に広がる思いは、切なくも寂しいものだ。兄のように慕っていたカイルに対して、新たに芽生えたこの気持ちはどうすればいいのか。名前もわからない感情は行き場を失うことになってしまった。

ともだちにシェアしよう!