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女装、するのか?⑧
「わ、悪い……ありがとう」
「あ、ああ」
幸いにして、紐は取れなかったらしい。
だが今ので少し緩んだようだ。これからは、今までよりより慎重にならなければ。
「にしても、そんなビビりでよくお化け屋敷に来ようと思ったよな」
ぐっと縮まった距離におかしくなった雰囲気を払拭しようと思い、俺は陽気に話しかけた。
心臓? そんなの、いつも通りの速さで、リズムで、強さで動いてますが?
そんな風を装う。
「もしかして、馬鹿にしてるか?」
「いや? 勇気に感服してる。と同時に何でかな~って思ってるな」
「……口実だ」
「口実?」
「最初に言っただろう。デートに誘うための口実だ。お前とのデート先が例え苦手な場所でも、行かない選択肢はないからな」
隣で俺を見上げながら、爽良が照れ笑いをする気配がした。
だが残念な事に、にへらと笑う顔は暗闇の中はっきりとは見えない。
今だけ雰囲気ぶち壊しで光が欲しい。『俺と出掛けたかった』、そう勘違いしたい。
「お、お前と……ただ、こうして過ごしたかった、それだけだ」
「…………は?」
言いにくそうに言った台詞に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。
本っ当に、こいつは……!
本っっ当にこいつは!!!
そんな勘違いするような台詞、易々と言ったらだめだろう!?
俺じゃなかったら『もしや』ってなってるぞ!!
こいつ、俺の事好きなんじゃねえ? とか勘違いしてる所だぞ、今の台詞は!!
「李樹、こっち」
と、胸の中で煮えたぎったやるせない思いを持て余していると、爽良に手を引かれた。
正規のルートから外れ何も仕掛けられていなさそうな所に出ると、自然な流れで爽良が背伸びをし、俺の唇に唇を重ねる。
「ここを出たら、返して」
爽良がそう、挑発するように、囁いた。
(…………え?)
何をされたか理解が追い付かない俺は、ただなぞるように湿った感触の残る唇に手をやった。
そしてそれがまるで初めてのキスのように、体中が一気に熱くなる。
(は、ハァ!?)
そしてされた事を理解した後、大袈裟に胸中で騒ぎ出す。
(キスしやがった、キスしやがった!?)
唇の横とか頬とかならいざ知らず、唇に!? そんな、ホンモンのデートみたいに!?
これはあくまでデート〝みたいなもの〟であって、本物のデートじゃないだろ!?
唇は本命に取っておくもんだろ、デートの予行練習でそこまで練習する必要があるのか!?
しかも、『ここを出たら返して』、だと!?
しても良いのか、俺もキスを!?
唇に!?
これは夢か、目が覚めたら布団の中にいるんじゃねえだろうな!?
「李樹? どうした、行こう?」
どうしたのじゃねえよ、お前がどうしたよ!?
「あ、ああ」
だがそんな胸中の騒ぎを悟らせず、俺は平静を装い遅れを取ろうとしていた足を動かした。
返してってんなら返してやる。
男心を簡単にくすぐってはいけません!
そう、分からせてやる!
と心を燃やしながら、俺は見え始めたゴールを目指した。
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