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第29話

着流しを着た男性が浴衣姿の若い女性の膝枕で横臥し、耳掃除をしてもらっていた。 彼のお父さん、卯月上総さん。すらりと背が高く、イケメンで、五十歳代とは思えないくらい若々しい。 現役バリバリのヤクザだ。泣く子も黙る龍一家の組長だ。 「母の交際相手が多大なるご迷惑を掛けてすみませんでした」 正座し畳に額を擦り付け頭を下げた。 「かずちゃん、そこはだめ」 「なんで?」 「もう分かってる癖に」 母と同じ甘ったるい香水の匂いと、きつい化粧の匂いと、もうもうと立ち込めたタバコの煙に吐きそうになりながらも歯を食い縛り、頭を下げ続けた。 母の交際相手のあの男が、小料理屋に押し入り、女将を縛り上げ金庫ごと強奪した。 その女将が目の前にいる女性。金庫は上総さんの隠し財産。つまり申告していない違法なお金。 上総さんの舎弟がアパートに押し掛けてきて、彼ごとここに連れてこられた。 着くなり彼と引き離され、別々になってしまった。 「耳、怪我しちゃうよ」 「まなが看病してくれるんだろう?もちろんこっちも」 「もぅ、かずちゃんのえっち」 「そういうまなだってしたくてうずうずしているだろう。だって、ほら、もう濡れてる」 耳を塞ぎ、目をきつく閉じた。 「遥琉より俺のオンナにならないか?悪いようにはしない。妹の面倒もみてやる」 一瞬、自分の耳を疑った。 「もぅ、悪趣味なんだから」 「そうか?俺は可愛いければ女も男も抱ける口だ」 ここから逃げても後ろに控えている男たちにすぐに捕まる。廊下にもガラの悪そうな男たちが大勢いるはずだ。万事休す、と諦め掛けたとき、 「上総、息子の嫁に手を出すとはいい度胸をしているな。橘、帰るぞ」 茨木さんが彼を連れ、助けにきてくれた。

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