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第49話

「知り合いなの?」 おっかなびっくり声を掛けた。 「九鬼総業の伊縫《いぬい》だ。組長の娘と結婚すると噂になっている男だ。手嶌組は九鬼総業の一次団体。つまり直参の組だ。ヤクザは縦社会だ。前島のほうが年上なんだが、伊縫は本部の人間、しかも組長のお気に入りだ。おべっかを使いペコペコと頭を下げているんだ。前島はやたらとプライドが高い男だ。心のなかでは腸が煮えくりかえっているはずだ。優璃、気を付けろ。伊縫は色狂いのバイだ」 「バイ?」 聞き慣れない言葉に首を傾げると、 「バイも知らないのか?今どきの中坊はみんな知ってるぞ。な、千里」 「お兄ちゃんは純情なの。おぼこちゃんだからね。エッチな本を見て友だちと盛り上がるなんて絶対にあり得ないもん」 「千里、どこで覚えてきたんだ」 「どこでもいいでしょう」 千里はテーブルの上に雑然と広げていた教科書をリュックサックにしまいはじめた。 「バイはバイセクシャルの略だよ。伊縫は両性愛者だが、俺にはイカれた変態野郎にしか見えない。橘、遥琉には真沙哉《まさや》という名前の十歳年の離れた母違いの兄がいる。伊縫と同じバイセクシャルだが、遥琉と血が繋がっているとはとうてい思えないくらい残酷で、血も涙もない男だ。遥琉のアキレス腱である橘と千里を間違いなく狙ってくる。ふたりとも真沙哉と伊縫が好きそうな可愛い顔をしているからな」 「真沙哉と伊縫の好き勝手は許さない。優璃と千里は俺がこの命に代えても絶対に守る」 並々ならぬ決意を秘め、落ち着いた、低い調子の声で言い切った。

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