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第52話

「人身売買って……あのひと、アタシを売ろうとしたの?」 千里の声は涙声に変わっていた。 信じていたひとに再び裏切られ、深い悲しみと絶望に打ちのめられていた。 当時千里は十四歳。 受け止めなければならない現実はあまりにも酷すぎた。 「人身売買なんて絶対にさせない。俺が許さない」 彼が車から下りようとしたけど伊澤さんに、 「止めんか。火に油を注ぐだけだ」 止められた。 「腹を痛めて産んだ我が子なのにな。目を合わせて話そうともしない、面倒もみない、可愛がろうともしない。挙げ句には千里の心をズタズタに切り裂いた。目に見える体の傷は治っても、心に受けた傷は一生かかっても癒えるものではない。前島、商売の邪魔だ。どけ。言うことをきかねぇなら、手嶌に言い付けるぞ。根岸、伊澤、お前らは帰れ」 額に青筋を張らせ眦を吊り上げながら茨木さんがお店から出てきて、まわりに塩を撒きはじめた。 車が走り出したとき、一度だけ後ろを振り返った。母はちょうど黒服の男たちに両脇を抱えられ車に乗せられるところだった。 泣き疲れて眠ってしまった千里の寝顔を眺めていたら、 「クスリを買うために手嶌組が経営するヤミ金から金を借りたのが運の尽きだ。首がまわらなくなり、伊縫に泣きついたんだ」 伊澤さんが分かりやすいように説明してくれた。

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