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第4話(佳人)
それから四年。非日常のドラマはいま、ゆるやかに続く日常になっていた。
結局あれから引っ越しをせず、同じ部屋に住み続けている。前の恋人がいた部屋なのに、と思わなくもなかったが、付き合ってすぐに同居を意識した広い部屋に引っ越すのも重たい。かといって単身者向けの狭い部屋では不十分だ。結果的に四年間暮らすことになった今の部屋は、まもなく二度目の更新を迎える。
太一は週の半分以上をこの部屋で過ごす。入り浸っているといってもいい。交際して二年が経った頃、いっそアパートを解約してここに住めばいいのにと提案したら、「だって俺、こんなすげぇとこの家賃払えねぇよ」と案外律儀なことを言った。一方、住まなければいいと思っているのか、勝手知ったる我が家とでもいうように振る舞うし、冷蔵庫の中も勝手に漁る。ただそれは、佳人にとっては些細なことだった。
それよりも――あの準決勝敗退の日から三日。太一が帰らないことが気がかりだ。最後は「ありがと」の一言だけ。「俺は、笑ったよ。面白かった」から先に続くのは、佳人が送った食事や施錠に関する連絡だけだった。
(今日も――来てないよな……)
夜の十時。マンションの前の道から五階にある自分の部屋を見上げる。灯りは点いていない。合鍵は渡していて、自由に上がり込むことも許していた。今でも佳人は、疲れた体を引き摺った帰路に部屋の灯りを見つけると、足取りが途端に軽くなる。
だからこそ、ここ数日の落胆は大きかった。
「……ただいま」
誰もいない部屋に向けて挨拶をする。
玄関の灯りを付けて驚いた。見慣れた靴が並んでいる。
「太一、来てるのか!?」
慌ててリビングの戸を開けると、街灯だけが差し込む薄暗く冷たい部屋でソファに横たわる影を見つけた。
「太一!」
「……ん、ぁ、よしひとさ、ん」
寝起きで呂律が回っていない。灯りと空調を点けると、少しやつれた様子の太一が体を起こして目を擦っていた。徐々に意識がはっきりしてきたのか、はっとしたように姿勢を正す。
「何も食べてない? とりあえず飲み物でも」
「佳人さん、ごめん。俺、連絡とかスルーしちゃってて」
「あぁ、いや……」
なんと言おうか、答えに迷った。正直、気が気でなかったし日常が上の空だった。何度、事務連絡以外のメッセージを入れたり電話しようとしただろう。だけどその度に、昔の恋人に重いと言われたことを思い出した。佳人も当時と比べれば大人だ。衝動的な不安は、やり過ごせれば一旦は収まることを知っている。だから我慢できたけれど、その連続に疲弊していたことは間違いない。
「なにしてたの? 地方ロケとか、営業だったっけ?」
さりげないふうを装ってみたけれど、うまく言えていたかわからない。誤魔化さなくても気づいていた。俯く太一の一点を見つめた表情は、ただことではない。
――怖い。
瞬間的な不安に、「ちょっと待って」と制止を掛けようとした時。それよりも早く、太一は口を開いた。
「俺、あれからずっと考えたんだよ」
「……な、にを」
「陸とも話し合った」
「え?」
どうしてここで、相方の松山陸の名前が出てくるのだろう。首を捻っていると、太一は真剣な表情のまま続けた。
「俺、芸人辞めようかと思ってんだ」
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