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第5話(佳人)

 非日常のドラマがゆるやかな日常になっていくこともあれば、その逆も然り。人生はそれらの連続なのかもしれない――と佳人は昨晩のことを思い出し、溜息を吐いた。  野良猫のように唐突に音信不通となり、唐突に戻ってきた恋人は、唐突なことを言った。芸人を辞める。それはすなわち、コンビを解散しステージから降り事務所を辞めて、佳人たちと同じ一般社会で生きることを意味しているらしかった。 「……そんなにこないだの一件が堪えたのか?」 「それもあるけどそれだけじゃねぇよ。十年やった。ここが節目だって元々思ってたんだ」 「十年って、でも」  時々ネタ番組にも出られる。地方の番組になら呼んでもらえる。まったく芸人の仕事がないという人も山ほどいる中で、これは上手くいっている方なんじゃないか。そう言おうとしたが、出てこなかった。そんなことは太一自身が、とっくに考えていることだろうと思ったからだ。 「辞めるって、いつ? どんなタイミングで? 陸くんはなんて?」  矢継ぎ早な質問に、太一は答えなかった。視線を落として、唇をぎゅっと引き結んでいる。 (あぁ――これは)  もしかしたら、まだ答えをはっきり出していないんじゃないだろうか。先日の一件で心が挫けて、自分に自信が持てなくなっている。だから周りの意見が聞きたい。  それが太一の想いだとしたら、佳人が言えることは一つだった。 「……やり切ったと思えるまで、続けてみたら」  太一は顔を上げる。いつもはわかりやすいはずの表情を、読み取ることができなかった。 「今までみたいに、頼ってくれていいよ。部屋もそろそろ更新なんだけどさ、引っ越さないつもりだから。やっぱり、アパート解約してここに住んだっていいし」  そう言ったら、太一は「……うん」と小さな返事をした。それは素直に聞き入れたというよりも、どこか困ったような様子だった。眉を八の字に下げ、いつもは元気な声も弱々しい。  今、彼が何を考えているのかわからない。 「風呂入ってくんね。先寝てて」と、太一は逃げるように立ち上がる。日常が小さく軋む音を聞いた気がした。

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