5 / 6
餌付け
棚橋を観察してて気付いた事がある。
「棚橋くん。これ…、よかったら食べて」
「ーーえ…、いいの?」
「あ、棚橋。 これあげる」
「ーーあ…、ありがとう」
「ねぇ棚橋くん、ミルクティーは好き?」
「ーーうん…。 え、貰っていいの?」
何かと餌付けされてる。
しかも生徒だけじゃない。
「おーい、棚橋。 職員室まで来てくれ」
担任に呼び出される事もしばしばで、最初は何をやらかしたんだ? と思ったけど、職員室から戻って来た棚橋の両手には、どこで買い物してきたの? と聞きたくなるほどの貢ぎ物でいっぱいだった。
チョコレートの箱にクッキー缶。何処かの土産物なのか変なキャラクターのキーホルダー。飴の袋にお煎餅。ミカンやらリンゴやらもよく貰ってくる。この前なんてデカいウサギのぬいぐるみを抱えていた。なんでも家庭科の先生の手作りなんだとか…。あ、これ聞き出したのは俺じゃない。同じクラスの斎藤ってゆー、まぁまぁなイケ男だ。俺の方がもっとイケてるけどなっ。
今日もまた、棚橋は先生に呼び出されて教室を出て行った。そろそろ戻って来る頃だな。暇だし、ちょっと待ち伏せでもしてみるか。
そう思い立って廊下に出たら、いいタイミングで廊下の隅っこをコソコソ歩く棚橋を見つけた。今日は珍しく貢ぎ物は持ってないようだ。学級日誌らしきファイルを抱えて、俯き加減で歩いている。なんかハムスターみたいだな。壁に沿って足早に歩いてくる。
ここが男子校だから余計にそう見えるのか、棚橋は本当に小さい。高1で180を超えた俺から見たら女の子と変わらない。何ならちょっと前に別れた彼女よりもチビかも。肩幅だってないし、どこもかしこも細くって頼りない。そんでついてる顔があれだもんな…。そりゃ“姫”なんて呼ばれる訳だ。
棚橋が歩いてる反対側の壁に寄り掛かり、近付いて来るのをジッと見ながら待ってる。ポケットに手を入れると小さなケースがあたった。ミントのタブレット。取り出して2、3粒、口の中へ放り込んだ。スーッとした清涼感と、舌にピリッとくる刺激が好きでよく持ち歩いてる。考え事してる時とか、無意識に口に入れてたりもする。頭が冴えて眠気も吹っ飛ぶから便利だ。
今も、視線の先でヘコヘコ頭を下げるちっこいクラスメートを見ながら、更に2、3粒放り込んで噛み砕いていた。
棚橋を観察してて気付いた事がもう一つある。あいつは自分を分かってなさ過ぎだ。ぼんやりというか、天然というか。とにかく周りからどう見られているのか、もう少し知った方がいいと思う。
壁沿いに歩いてて、どうやったら人にぶつかるの?真夏の花火大会の会場でもない学校の廊下でさ。おかしいと思わないのかよ。
隣のクラスの陽キャ二人組みが、棚橋にウザ絡みしてるのをモヤモヤした気分で眺めてる。
そいつらに向かってヘコヘコ頭なんか下げちゃって、バカだなぁ。俺は見てたぞ。その二人が棚橋の進路にワザと入って行くところ。あんなの当たり屋だろ。汚ねぇ事するなよな。可哀想だろーが。
しょうがない…。助けてやるか。困ってるクラスメートに手を貸すだけだ。うん。それだよ、それ。別に深い意味はないぞ。
なんて頭で言い訳してたら出遅れた。
隣の教室からヌッと図体のデカい奴が出てきて、あっという間に棚橋にウザ絡みしていた陽キャ二人に話しかけた。二言三言何やら会話して、特に揉めることなく棚橋から二人が離れていく。
なんだよ……。 そうじゃん。別に俺が出張らなくても、棚橋には番犬がいたじゃん。
つーか、山本さぁ。出てくんの遅くね?何やってたんだよ。あーあー、棚橋もホッとした顔しちゃって。文句の一つも言ってやれよな。ふぅん…、あっそ。よかったな、仲良しの山本くんが来てくれてさ。
また無意識にミントを口に放り込んだ。ガリっと噛み砕くと舌と頬の内側がビリビリする。
棚橋は山本に手を振って別れたあと、こちらへ向かって歩いて来た。
相変わらず俯き加減だから俺がいる事にも気付かない。鳩尾の辺りがモヤッとした。
あんなにコソコソ見てくるくせに、どうして俺が見てる時は気付かないんだよ。
ほら、ここにいるよ? 下ばっか向いてないで少しは前見ろよ。
一歩、また一歩と距離を詰める。
ダンッ!
勢いに任せて棚橋の前方を塞ぐように壁に手をついた。びっくりして肩を跳ね上げた棚橋は、目の前の俺の腕から視線を外さない。…というか、固まって動かない。
顔を90度に傾けてその顔を覗き込んだ。
案の定、目ン玉飛び出そうな勢いで見開いてる。うん、楽しい。
「たーなはーしくん」
にやりと笑って目を合わせた。
たちまち頬が赤く染まっていく。
あー、これこれ。この顔が見たかった。
「素どーりしよーとしたでしょ」
もっと近付いたら、どんな反応するのかなぁ。
好奇心でずぃっと顔面を近付けた。ついでにフゥ、と息を吹きかける。
「わっ! 何すんだよ!」
真っ赤になって1メートルほど後ろに逃げた。増々顔の赤みが広がった。うんうん。中々いい反応だ。
くるりと振り返って逃げ出そうとするから、その華奢な首に腕を巻き付けて被さるように肩口に顎を乗せた。
あの赤い耳が真横にある。
ーーー 吸いつきたい…。
ヤバいなぁ。俺、変態みたいじゃね? 棚橋の赤い耳を見てると、なんか疚しい気持ちしか浮かばない。舐めて吸って噛みつきたいなんて…。
ポケットからミントを取り出し自分の口に数粒放り込んだ。不埒な脳に目を覚ませと言い聞かせる。棚橋の、どことなく甘い匂いから逃れるように、ミントをガリボリと噛み砕いた。
「はい、これあげる」
…と、ついでに棚橋の口の中にも二粒放り込こんだ。俺からの最初の餌付けだ。
「…キスの味」
コソッと耳元に更なる餌を与える。
餌…、というより着火剤かな。
赤い顔が更に赤くなってしまった。なんかめちゃくちゃ熱そうだ。
「う……、ぅわあぁぁーーーー!!」
叫びながら猛ダッシュで逃げ出しちゃった。
「ふ…っ、くくく…、あっははははは」
いやぁ、サイコー!
やっぱ棚橋面白いわ。こりゃ当分楽しめそう。
ともだちにシェアしよう!