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過去
ユグドラントと言えば、学院で知らない者はいないほどの有名人であった。
女好きユグドラント。
そんな異名がついていた。
理由は至って簡単、彼の周りにはいつも女生徒で囲まれているから。
目を引く容姿、頭は良いし、女性には優しい。また爵位のある貴族で将来安泰。
彼は女性にもてる条件を全て持っているのだ。彼を好きにならない理由はない。
よって、男子生徒のやっかみもありそんなあだ名が横行していた。
そんな有名人の彼だから、男子生徒と軽くもみ合いになることがありそのたびに女生徒が庇うと言う図が発生。
俺はその様子を眺めている側であった。
それが変化したのは、彼のいじめの現場に遭遇してしまったからである。
「やっべ、宿題忘れた!」
閉め切った校門を軽々と飛び越えて、学校に侵入。
いつもなら宿題のために学校に入る事なんてしないが、忘れた宿題を出した教師が厳しい先生なのだ。噂では、宿題をやってこなかった生徒にえげつない量の課題が新たに出されると言うことを聞いた。絶対にいやだ。
夜回りの教師の巡回はもう終わっているので、こっそり窓を開けて侵入。
そしてぱっと腰を下げているランタンの明かりをつけると、そこには複数人の男が一人を組み伏している図があった。
彼らも突然入ってきた俺を見つめ、俺も彼らを見つめる。
「うわあああああっ!?」
「ぎゃあああああああっ!」
俺が驚きのあまり叫ぶと彼らもびびって叫び散らす。
しかし、すぐに我に返った俺は素早く彼らの合間を縫ってガタガタ震えている一人の男の子をマントでくるみ抱えて逃走。暗闇でお互いに顔が見えないのが功を制した。
「今の誰だ!?」「知らねえよ!」「暗いし、なんかマントみたいなのつけてたぞ!」と言う声が聞こえる。
そのまま混乱していてくれ!俺もお前らの顔見えなかったから!!
明かりを消して、廊下を駆ける。腕の中の男はなかなかに重くて腕がしびれてきた。ひとまず、十分に距離をとっただろうと近くの教室に隠れることにする。
扉に手をかけると鍵がかかっていなかったのでこれ幸いと中に潜り込む。そして、ようやくひと心地ついて、腕から下ろそうとすると叫ばれた。
「いや、いやだ!!お兄ちゃん!マントのお兄ちゃん!怖い、まだ怖い、いや!!」
そして、俺の首に必死にしがみつく。
これが小さい子供だったらいいが、恐らく俺よりも背の高い男にやられてさすがの俺も落っことしそうになる。慌てて俺は座り込んで膝の上にそれを乗せた。ひとまず、この体勢だと腕は疲れない。
「そ、そう。えーっと、お兄ちゃんはなにをすれば良いです……?」
何かのトラウマでも誘発しているようでいやいやと子供のように必死に首を振りガタガタ震えている。それを感じ取って優しく声をかけるがよく聞こえていないようで同じ言葉を繰り返す。
「こわい、たすけて、いや、きたない、きもちわるい」
「う、うーん……」
こういうとき、どうすれば良いのだろうかと俺の記憶の中にある知識を総動員させ、思いついた。
そうだ。そういえば、似たような反応をしていた子供が数年前にいた気がする。
しかも、その子も大人の男に襲われていた。シチュエーションは同じだ。
あのとき、何したっけなー?
どうにか記憶を引っ張り出そうとして、マントが落ちた気配がした。
拾いあげようと身じろぎすると初めて俺は腕の中にいる人物が誰なのかを認識したのである。
そう、それが、かの有名なユグドラントであったのだ。
あのときの衝撃は計り知れない。
後に、悪友から「え?ヴィシェール君のこと?ほら、あの事件があったから男性恐怖症になってるんだよ」とあっけらかんと言われた。もしや有名な話?と聞いたら呆れた顔をされて「当事者の君が何で覚えてないの?」と言われた。彼がそう言うならばきっとその事件の現場に野次馬でいたのだろう。覚えてないけど。
ということで、覚えていなかった罪悪感と同情心からさりげなーく、男を遠ざけつつ、俺もクラスメートにいた親切な人ぐらいの立ち位置ぐらいで彼と距離をとっていた。
幸いなことに、俺が公爵の次男な上に王位継承権第一位の親友(俺からすれば悪友)であった為、彼に対する露骨な衝突はなりを潜め、平和に卒業できたのである。
やはり、持つべき者は権力者のお友達だね!!
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