3 / 62
第3話◇
『Cross様』と書かれた楽屋に入ると。
蒼紫が、椅子に座ったまま、「遅かったな?」とオレを振り返った。
とってものんきな顔で。
「蒼紫」
オレは、テーブルをはさんで、蒼紫の正面に座った。
「どした?」
「また明日、写真、出るよ」
「あー……また撮られた?」
「今、智さんが社長と電話しに行ってる」
「――――……そっか」
ふー、と息を付いてる蒼紫。
「ほんと、いい加減にしたら?」
「……ていうか、皆暇だよな。オレが誰と会おうと、関係ないのに」
「お前のそういうの気になる人が多いって事だろ。つーか毎回毎回相手違うって、どんだけなんだよ。あと、何でもっと、見つからないようにうまくやんないの?……ファン、減るよ?」
ため息をつきながらそう言うと。
蒼紫は、ふ、と苦笑い。
「オレのファンはこういうので減ったりしないけど。エロイのが好きらしいし。……それに、しょーがねーじゃん。向こうから寄ってくるんだし」
「もう――――……ふざけんなよ……」
はあ、とため息。
「……お前、そんな風にしたくて、歌手目指したの?」
「――――……」
「Cross」は、去年デビューするとともに瞬く間に人気が爆発した。
2人は幼馴染で、一緒に音楽の道を目指して進んだ……ということになっている。けど。まあ最終的にはもちろん目指して、そういう事にはなったんだけど。 少し違う。
最初に音楽業界を目指したのは、蒼紫だけだった。
ギターを習いに行ったり、作曲や作詞の勉強をしたり。それを小学生の時からスタートさせていた。中学の時にその先生から、音楽業界大手の女社長に話がまわり、デュオとしてデビューさせたいという話が急に進んだ。
オレは、その話が持ち上がるまでは、蒼紫のギターをたまに触る程度で、蒼紫の歌を良いか悪いか判定する役でしかなかったのに、ある日。
「お前と歌っていきたい。 歌のレッスン受けてくれない?」
そう言われた。
そんな簡単に、素人がレッスン受けて、デビューなんて、できるのかよ。
何度も断ったけれど、蒼紫は頑として、事務所のデビュー予備軍たちからもう1人を選ぼうとはしなかった。
それからほんと、色々大変だったけど。
……まあ、元々歌はうまかったというのが幸いして。今、2人でこうやって仕事が出来ている、けど。
「……歌が好きで一生懸命やるために、頑張ったんじゃないの? こんな風な記事ばっかり出てさ、要らない反感も買うだろうし、ファンの子だって幻滅するよ」
「……別にオレ、清純派のアイドルとしてデビューしたわけじゃねーし、そんなにデメリットないだろ」
「……なかったら、智さんがあんなに毎回大変そうになる訳ないじゃん」
「また、智さん?」
「……え?」
「智さんが智さんがって、なんか涼、そればっか」
「……何言ってんの?」
「……何でもない」
ふーーと深い息を吐かれて、咄嗟になんて言うべきかわからず黙っていると、蒼紫が静かに、言った。
「……写真、気を付けるよ」
少しは反省したのかと思い、オレは、うん、と頷いた。
ともだちにシェアしよう!