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第51話◇
シャワールームで何度か、触れるだけのキスをした。
それ以上のをすると、おさまらなくなりそうといって。ほんとに触れるだけ。
それから部屋を移動して、歌のレッスン。
正直、めちゃくちゃ楽しい時間。
何でかって。
蒼紫の歌を、すぐ近くで、聞けるから。
――――……一番好きな、歌い手の歌を、すぐ近くで聞けるとか。
こんな幸運なことって、無いと思うんだよね。
だって、どんなに蒼紫のファンでも、絶対、こんなに近くで、聞けない。
蒼紫の声や、歌い方が大好き。
蒼紫が歌を始めてからずっと聞き役で、曲の良い悪いも、ただの感想だけどずっと伝えて。――――……オレはずっと、蒼紫の歌を聞きたかったから、蒼紫の歌の練習に付き合ってた。
好きだなんて、言えるとは全然思ってなかったから。
こんな風に、歌を特等席で聞けるだけでも幸せって、思おうとしてたし。
まあ、実際、思ってた。
諦めることには、もうだいぶ慣れてたから、歌が聞けるだけで良くて。
その後、ここに引き込まれてからは、仕事一緒に、人生一緒に歩んでいけるだけで、良いって。
だからほんとに。嘘みたい。
蒼紫が、オレを好き、なんて。
考えてると、何回もおなじとこにきちゃうけど。
と、その時。
「涼、もっと気持ち入れて」
不意に、先生にそう注意された。
ちゃんと歌ってたはずなのに。やっぱり鋭い。
「はい。すみません」
そう謝ると、歌の先生は、長い髪を後ろで一つにまとめた。
「疲れてるの分かるけど――――……集中して早く終わらせましょ」
「すみません」
そのまま続きそうになった時。蒼紫が手を挙げた。
「せんせー、ちょっとトイレ行ってきて良いです?」
「あー……じゃあ涼も一緒に歩いておいで」
「……はい」
頷いて、ドアを開けながらオレを振り返った蒼紫の後をついて、部屋を出た。
「ごめんね、ぼーっとしてた」
蒼紫にそう言うと。
「珍しいな。涼がぼーっとしてんの」
「……ちょっと考えてた」
「ふうん? 何を?」
じっと見つめて、オレを見下ろしてくる。
「オレさ」
「うん?」
「……蒼紫のファンだからさ」
「――――……」
「こんなふうに、近くで歌を聞けてほんと贅沢だなあ、なんて、ちょっと思ってた」
すこしの間、蒼紫が黙ってて。
あれ? 返事は? と思って、ふ、と見上げると。
蒼紫は、むー、とへの字口をしてる。
「蒼紫??」
「なあ……涼」
「ん?」
「……そういうの外で言うのはちょっと我慢してさぁ……」
「?」
「可愛すぎるから……家で言ってもらって良い?」
「……そういうのって?」
隣を歩く、超整った顔の幼馴染は。
苦笑いで、オレの頭を、ぽふぽふと叩く。
「ファンだからーとか。そういう、めちゃくちゃ可愛いやつ」
「……だってファンなんだよ」
「――――……もう、ここで襲うよ? いーの?」
こそ、と耳元で囁かれて。
えっ、と一気に真っ赤。
……だから。もう。
好きすぎる声で、そういうの囁かれると、パニックになる。
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