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第65話◇
「あ、そういえばホテルだけどね、社長から、このホテルにしてあげてって言われたとこなんだけど……調べたら結構良さそうだったよ。朝食のバイキングがすごくおいしいらしいから楽しみにしてて」
「そうなんだ」
へー、楽しみ、と笑顔のオレは、隣の蒼紫の表情に、ん? と首を傾げた。どうしたの? と思っていると、蒼紫が智さんに視線をうつす。
「智さん、今までそんなこと、あったっけ? 社長がそんなの言ってくるって」
「んー。無いかもね? いいところなんじゃないのかな?」
「ふぅん……」
「ああ、そういえば今回は、社長から、二人は同じ部屋で取ってねって言われたんだよね。だから良かったよ、二人から一緒でいいって言ってくれてたから。嫌だって言われたらちょっと困ったかも」
「へー……」
何だろ、蒼紫の返事が、なんだか気になるんだけど。
含みがあるっていうのかな。
でも、それ以上はもう智さんには言わないみたいなので、あとで聞いてみよ、と思った時。智さんがバックミラー越しにオレを見た。
「涼、ロケのことは心配しなくて大丈夫だよ。生放送じゃないんだし、止めながらも出来るだろうから」
「あ。はい。分かりました」
頷いてから、ちょっと窓の外を眺めて、あっそうだ! と蒼紫を振り返る。
「何?」
ニヤニヤ笑って、オレを見つめてくる蒼紫。
「今日帰ったらさ、ロケ番組の動画とか、見てみようよ」
「めんどいな……いいよ、涼が楽しそうに話してれば、見てる人は満足だからさ」
クスクス笑いながら、そんなことを言う。
「めんどいじゃないし。ていうかそれ、オレ任せにしてるし!」
もー、と文句を言うと、蒼紫は、バレた? と笑う。
「オレ、ロケでスタッフさん困らせたくないからさ、どんなこと言ってるかとか見てみようよ」
「ロケなんて見たことあるだろ?」
「自分がやる立場で見たことないもん」
「……それは確かにそうか……いいよ。一緒に見よ」
「約束な?」
言うと、蒼紫はクスクス笑って、ん、と頷く。すると、運転席で智さんが笑った。
「蒼紫は、ほんと、涼には弱いよね。ほんと、蒼紫に何か頼みたい時は、涼に言ってもらうのが一番だね」
「……別に。必要なら、涼からじゃなくても聞くし」
少し面白く無さそうに言った蒼紫に、智さんはまた笑った。
「必要じゃないことも、涼からなら聞いてくれそうだよねぇ」
「……別に。んなことないって」
そんなやりとりを聞いて、どうだろう、と考える。
女の子との写真の件だけは、全然聞いてくれなかったような気がするけど。あれはまあ色々あったみたいだから、今となってはチャラにするとしたら――。
「確かに蒼紫ってそういえば……いろいろ聞いてくれてた……?」
「――――」
蒼紫はふ、とオレを見て、ちょっと嫌そうな顔をする。
「今更だな……」
そう言って、ため息をついてる蒼紫に、前で聞いてた智さんが、あはは、と声を上げて笑った。
「蒼紫はオレが言うより、涼が言った方が聞くからって、頼んだこともあるくらいだからね」
「確かに蒼紫に伝えてはいたけど……聞いてくれてたんだ?」
蒼紫が返事せずにちらっとオレを見ていると、智さんがまた笑う。
「聞いてたよね? 何か練習してきて、とかいうのとか。そういうのも、涼に伝えてもらうと、次の時までには完璧にしてくるし」
「智さん、ちょっと、黙って」
ちょっと強めに、蒼紫が止めてる。
――そう、なんだ。へぇぇ。そうなんだ。
軽く伝えてたことも多いから、全部覚えてないけど……。
ふうん。蒼紫ってば。可愛いとこあるなぁ。ふふふふ。
「――涼、笑うなって」
「ふふ」
今は、ため息交じりの蒼紫の低い声も、全然怖くないな。
ふふ、とまた笑ってしまう。
(2025/6/6)
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