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第7話 探偵
「はい、そこまでです。」
凛とした声が響く。
見ると、かほるさんの後ろにいつの間にか、紺色の高級そうなスーツを着た眼鏡の男が立っていた。
あまり身長は高くないが、オレンジ色の髪がとても印象的だ。
たまたま通りがかった人なのだろうか?
「品川さん…」
かほるさんが呟く。
え、知り合いなの?
俺が呆然としてる間に、男は彼の腕を掴み、
「久下さん、殴るのはいけません。暴行罪になってしまいますから」
と冷静になるよう促す。
かほるさんは何か言いたそうだったけれど、無言で拳を下ろした。
抵抗がないことを確認すると、品川と呼ばれる男も手首を離し、ハジメさんの目の前に来ると、ニコニコしながらしゃがみこみ
「はじめまして~、私こういう者です」
と、彼に名刺を渡した。
ハジメさんはそれを見て
「え、た、探偵…」
と困惑したような表情を浮かべた。
俺は名刺を覗き込む。
明朝体で『橘探偵事務所 主任 品川桂太郎』と記されていた。
………探偵の知り合いなんていないはずなのに、なんでだろう。
俺、この人に会ったことある気がする。
「お楽しみ中に申し訳ございません。
私、久下さんからパートナーである身辺調査を依頼されていまして、貴方のことを色々調べさせて頂きました」
そう言うと、探偵は大きめのショルダーバッグからiPadを取り出し、少し弄るとこちら側に画面を差し出してくる。
そこには、ハジメさんが誰かと親密になっている写真やぐしゃぐしゃになった領収書の写真が何枚も写っていた。
「あなた、久下さん以外にも勤め先の同僚の女性やネットで知り合った人間と複数関係を持ってますね。
さっき、腕に抱きつかれたところ、バッチリ撮りましたよ。
あと、久下さんの稼いできたお金を理由つけて借りていたとか。浮気相手や風俗通いの時に使ってたんですね~。
先程別の方からも証言録れたので。
あ、あと久下さんとは別に愛人さんと半同棲的なこともやってますよね。
久下さんが最近帰ってこない日が続いてるという事で相談を受けたのですが、こういうことだったんですね~!!」
探偵は自分が今まで調査してきた情報をペラペラ話していく。
にこやかに、淡々と。
かほるさんは仁王立ちで般若面。
ハジメさんはただ正座で俯きながら
「はい………そうです………すみません……」
と聞こえないくらいの声を呟いている。
俺はというと、
(うわ………)
って感じだ。
エグい情報の多さと異様な光景にひいた。
ていうか俺、さっきまでこんな奴と寝ようとしてたの……?
◇◇◇◇◇◇
「……では、今日はこの辺にしときましょう。」
いつの間にか、彼に対する制裁?が終わり、かほるさんと探偵は何か話し合っている。
これから彼らはどうなるのだろうか。
恐らくこんな有り様だし、後日話し合うんだろうけど………。
て、そうだ、今のうちに逃げなきゃ!!!
俺も未遂とはいえ当事者だし、写真撮られちゃったし!!!!!!!
下手に何か話したら絶対巻き込まれる!!!!!!!
俺は物音を立てないようにゆっくりその場を離れようとする。
そろーり、そろーり……………
「そう言えば、お前」
ギクゥッ
かほるさんがこちらを振り返り、かつかつとヒールを鳴らしながら近づいてくる。
あまりにも威圧的で思わずガクガク震える。
「は、はい………」
「忘れてたたけど、お前もさっきここに入ろうとしてたよなぁ?」
「え、えーと」
忘れてたならそのまま忘れとけよぉ!!!!!!!
顔を近づけられ、咄嗟に目をそらす。
蛇に睨まれたカエルとはまさにこのこと。
もう、逃げられない、そう思った時だった。
「ああ、彼は」
突然両肩を掴まれ、ぐんっと一歩後ろに引っ張られ、…探偵の胸に軽く背中が触れた。
シトラスの爽やかな香りがふわっと鼻を掠めた。
彼はそのまま馴れ馴れしく俺の肩を抱く。
「今回、情報をあぶり出す為に協力してくれてたんですよ~」
あはは~と呑気そうに笑う。
この時初めて探偵をじっくり見たが、かなり端正な顔つきしていた。
眼鏡が邪魔で目元はあまり見えないけど…。
探偵は俺に
「話合わせて」
と二人に聞こえないように囁く。
「実は彼、私の再従兄弟 でね、度々こういったご依頼頂くので、よく協力してもらってるんですよ~」
いかにもわざとらしく協力という言葉を強調して、全くの虚偽をでっち上げていく。
かほるさんは、ふーんと半信半疑な表情ではあるものの信じているらしい。
とりあえず、彼に殴られることはなくなった。
「しおさん……そうだったの?」
ハジメさんは嘘だろ、という表情で俺を見つめる。
俺は何も言わず、こくこく頷く。
こんな男のために、俺もこれ以上立場は危うくしたくない。
彼は俺の答えに、
「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……………」
と盛大なため息と共にガックリと肩をおとした。
……ちょっと漫画のキャラクターで笑いそうになっちゃった。
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