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第2話

だが男はというと、少しも一騎(いっき)の方を見ようとしない。 「なぁって…おい、聞いてる?なぁってば!」 すぐそばで声をかけているにもかかわらず散々無視されて、一騎は思わずその華奢な肩を掴んだ。 バッ、と効果音がしそうなほどの勢いで男が振り向く。 怯えた眼差しと視線が交わる。 男は一騎が差し出したボールペンに目もくれず、まるでゾンビか幽霊でも見たかのように一目散に逃げていった。 「なんだ…あいつ」 持ち主に置いて行かれたボールペンと共に、一騎は唖然としながらその背中を見つめていた。 翌日、一騎は再び図書館へと来ていた。 ポケットには昨日返し損なってしまったボールペンがしっかりと入っている。 見たところ普通のボールペン。 このまま返さずにいようかと考えたりもしたが、なぜだか妙に持ち主の事が気になって仕方がなかった。 男が来ている確証はなかったが、一列ずつ本棚を見てまわったらすぐにその姿を見つけた。 地味眼鏡。 その言葉がピッタリな風貌だ。 男は立ったまま一心不乱に本の文字に目を走らせていた。 そういえばあんな風に立ったまま平気で一冊読み終わってたりしてたっけ。 まるで過去の自分を見ているようで笑えてくる。 一騎はそっと男に近づいた。 伸びた前髪の奥には流行から外れた縁の太い眼鏡。 白いシャツにデニムという、当たり障りのない ファッションセンスだ。 すると突然男が顔を上げ、本を棚へと戻そうと腕を伸ばした。 その瞬間。 一騎の目は男の横顔に釘づけになった。 長い睫毛に縁取られた大きな目。 小ぶりだが鼻梁の通った鼻。 桜の蕾のようなぷっくりとした唇。 そのどれもが細い輪郭の内側に完璧な場所で位置づいている。 心臓がドクン、と跳ね上がる。 これまで何人かの女の子と付き合ったことはあるが、こんな風に心がときめいたのは初めてだった。 周囲の目も忘れて一騎はその美しい横顔を見続けた。 と、ようやく視線に気づいたのか男が一騎の方に視線を流す。 「あ、あのさ…」 一騎は昨日拾ったボールペンを返そうとポケットを探る。 顔が熱くて仕方がない。 だが、男の顔は昨日のように怯えた顔になってしまった。 今にも逃げ出しそうな男の前に手を差し出してストップを促す。 「待って、待って!昨日落としただろ?これ」 一騎がポケットからボールペンを出して見せると、男はようやく足を止めこちらを向いてくれた。 男はおずおずとそれを受け取ると躊躇いがちに一騎へと視線を送る。 暫くするとリュックの中からノートを取り出し、そこに何かを書き始めた。

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