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第3話

何を書いてるんだ? その様子をジッと見ていると、突然背後から羽交い締めにされた。 甘ったるい匂いを思いきり吸い込んでしまい、思わず眉間にシワが寄る。 「イッキーみっけ」 軽い口調で一騎の名を呼んだのは、最近よく連んでいるチャラ男仲間の一人、渡辺だった。 「渡辺…?」 「お前が入ってくの見えたから追いかけてきたの。な、今から遊び行くんだけど来ねぇ?お前連れて来いって女子がうるせーの。つか図書館って初めて入ったわ〜静かすぎてこわっ」 図書館に入った事がないのは本当らしい。 ルールを知らない渡辺の声量はとんでもなく大きく、館内に響き渡る。 「ちょっとお前さ…」 「ん?この子誰?イッキーの友だち?」 一騎の話を全く聞かずに、渡辺は目の前の男を不躾に指差した。 「友だちにしちゃ地味だな〜。ね?名前なんてゆーの?俺渡辺〜」 「……」 「あれ?聞こえてなかった?俺、渡辺!!なぁ、何で無視すんの?」 「……」 「聞こえてますか〜?もしも〜し」 更に大きく張り上げられる渡辺の声に、周りからの視線が集まっていく。 だが、それよりも一騎は男の方が心配だった。 顔は真っ青。 肩は震えている。 その時、男が何かを書いていたノートが目に入った。 『筆談用ノート』 表紙に小さく書かれた文字にハッとして、一騎は男の顔を見る。 聞いてないんじゃない。 聞こえないのだ。 それからしつこく遊びに誘う渡辺を追い返し、一騎は男と一緒のテーブルに座った。 男の名前は浅野琉衣(あさのるい)。 病気の後遺症で難聴になり声も出なくなったの二年前の事だと綴った。 『耳が聞こえなくなって人と近くにいるのが怖くなった。だから最初に一騎にぶつかった時びっくりして、謝ることもできないし、筆談用のペンも見つからなくてパニックになって逃げてしまった』 つらつらと並べられた文字に急いで目を走らせ、一騎は首を横に振った。 ペンを借りようとして逡巡する。 書くより打つ方が断然速いなと思い、スマホのメモ帳に打ち込んで見せた。 『俺も気づかなくてごめん』 『見た目に出ないから気づかないのが普通。元々話すのが得意じゃなかったから、後遺症が残るって言われた時は平気だって思ってた。でも今はみんなが羨ましい。僕も普通に話したい。一騎が友だちと喋ってるとこを目の前で見たらますますそう感じた』 琉衣はそう綴ると、『気分悪いよね、ごめんね』とでも言うかのように申し訳なさそうに笑った。 耳が聞こえない世界や声が出せない世界はさぞかし不便だろうというのはわかる。 だが、実際そんな状況下に置かれたことのない一騎が気安く慰めていいものなのだろうかと迷ってしまった。 だが、琉衣が抱いているジレンマは痛いほどよくわかる。 一騎自身も地味な人生を変えたくたて仕方がなかったから。 その日はお互いの事を軽く話し、連絡先を交換して別れを告げた。

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