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秋され 3
わざと明度を低くしてある室内の中、うす紫いろのダウンライトが彼の繊細な鼻筋に妖しい翳を落としている。会話が途切れたことで、コクヨーくんは居心地が悪そうに首筋を擦りながら忙しなく視線を送る。そのいじらしい仕草に、一気に性衝動が下腹から駆け昇ってきた。ココアの湯気に湿る唇に今すぐむしゃぶりつきたい。舌を吸って舐めて僕の唇で柔らかく揉みたい。唾液を交換したい。飲みたい。飲ませたい。体液で唇が光るさまを間近で見たい。彼はどういう嗜好を持っているのだろうか。逸る気持ちと下半身を宥め、先にシャワーを浴びてもらおうかと口を開いた途端、
「そういえば……」と、少年がぎこちなく間を遮った。
「あの、お疲れでしたら、寝たほうが……」
「へっ?」
「や、言ってた。言ってましたよ。もうしばらく家に帰られていないとか、少し仮眠を取りたいからホテルで話そうとか、言ってたし……」
黒騎士という設定を取り払ったへたくそな喋りでしどろもどろにこちらを気遣う彼が、ことの深刻さ――己の貞操の危機という意味で――に気づいていないことを、いま確信した。
「驚いた。きみ、本当にただおしゃべりするだけのつもりで着いてきたの?」
「え、……?」
「もしかしたらそうじゃないかなとは思っていたけど。騙すつもりはなかったけど、僕は君とエッチなことをするつもりでいたし、そういう意味でわざわざホテルまでエスコートしたんだけど」
あどけない瞳が大きく開かれたまま固まった。呼吸さえ止まっているのか、肩も胸も微動だにしない。
「おーい、大丈夫?」
顔を覗き込むと、空の一点を見つめたままだった黒目がわずかに揺れ始める。動揺している。あるいは恐怖を感じているのかもしれない。
「大丈夫?」
重ねて問うと、ようやく微弱な呼吸が再開された。
「えあ、あ、あ……」
意味をなさぬ母音を何度かこぼし、コクヨーくんはあえぐように息継ぎをする。せっかく再開された呼吸も苦しそうに乱れきっている。
「だいじょうぶ、僕にすべて任せてくれればいいから。何も心配しないで、君の嫌がることは絶対にしないよ」
「えあ、あ、ああ……」
「何が不安? お金なら心配しないで、ほら」
財布を取り出し、彼の上着に幾重にも巻き付いているベルトをかいくぐりながら、その奥のポケットへと数万円を押し込めた。それを驚愕の表情で眺め、コクヨーくんは不明瞭な吃音とともにぶんぶんと頭を振った。黒い髪が揺れる。
「い、いや、無理、むり……」
ぐにゃりとへしゃげた瞳にゾクッとする。先ほどまで饒舌に黒騎士がどうのこうの宣っていた彼が、恐怖に怯え、瞼のきわを涙で滲ませている。大泣きする一歩手前という具合だ。嗜虐嗜好はないけれど、今ならサディストの気持ちをそっくり理解できるはずだ。
立ち上がる僕の一挙一動にびくんと震えている。抵抗できない彼をソファーに押し倒した。間髪入れずに細い腕が僕の胸を押し返す。
「ほわぁっ、ちょっと待って、なに? なにっ?」
「二時間で終わらせなきゃいけないんだよ。君も分かってるでしょ?」
羽根模様を象った変なバックルに手をかけてベルトを抜き取り、放り投げる。息苦しいネクタイを大雑把に片手で緩めると髪をかき上げ、コクヨーくんの真っ黒い前開きのシャツを急いで開けていく。 ――――まさかシャツの下に変な柄のTシャツを着ているとは思わなかった。思わず脱力するが、なんとか気を取り直した。
「えっ、本当に、本当に……?」
「何を言ってるの。ここまできて“やっぱりやめます”なんて、ナシでしょ。君だって、カラダで語り合いたいって言ったよ?」
「い、言ってないっ、おれ、絶対言ってないっ」
完全に動転してしまっている彼の口調はさっきまで僕を“貴殿”と呼んでいたことなどまるで嘘のように、まともなものへと落ち着いてしまっている。シャツの前を両手で掻き合わせながら彼はぷるぷると震え、しゃくり上げながら縋るように僕を見上げている。かわいそうな瞳を舐めるように堪能しながら、ゴテゴテしい装飾がたくさん付いたカーゴパンツをずり下げる。
「む、むりっ、むりだってばぁ」
いよいよ彼の瞳の大きな水たまりが頬にまで流れ出す。横髪が涙で頬に張り付くのを、やさしく指でよけてやる。ご自慢のフェイスペイントも涙で洗われ、黒っぽい雫が丸い頬から顎に流れた。
「何が不安? 気持ちいいことするだけだよ。君くらいの年頃なら興味あるでしょ?」
「こ、こわい、こわい、むり……」
こうもガチガチになられてはうまく進められないと考えた僕は、宙に視線を投げながら思案する。ここは卑劣な作戦に打って出たほうが吉だ。
「天下無双の黒騎士様なのに怖いの?」
わざと蔑むように彼の架空の肩書きを持ち出す。すると予想通り、彼を苛んでいた生まれたての鹿の四肢のような震えがぴたりと止まり、その切れ長の瞳にまばゆい光を取り戻した。
「わっ、我は暗黒騎士師団の誉れ高き最上級黒騎士、こくよ……」
簡単に乗せられた彼が拳を突き上げ、ハッとバツの悪い顔をした。僕はウンウンと頷いてみせる。
「さ、もう覚悟はできたよね?」
コクヨーくんの細い手首を思いきり力を込めて握り、嫌がる彼を引きずってぽいっとベッドに放り投げた。涙に濡れる顔を両手で覆う彼のシャツを首元までたくし上げ、裸の胸元を舐め回すように眺める。
「色、白いね。かわいいよ。でももう少し太ってもいいんじゃない? 心配になっちゃう」
ぺらぺらの腹を、人差し指で円を描くように軽く撫でる。触れるか触れないかという程度に肌を掠める度に、コクヨーくんのわき腹がひく、ひくと小さく震えた。
「ぅ、ううぅ……」
「なんというか、若いね。締まってるというか、未成熟ってかんじ」
唾液を絡めた舌を彼の臍に差し込む。押しつけるように、吸うように、小刻みに舌を動かす。
「ッぁ、んぅ、も、なんで、そこっ……」
う、と息を詰めるように声を抑えるコクヨーくんを見やり、舌なめずりをする。想像通り、いちいち反応が初々しくてかわいい。親指を赤い口内に差し込むと、舌が追い出すように蠢いた。噛まないところがいじらしい。よだれに濡れた指で彼の乳首を緩く引っ掻いた。
「はぁ、う……っ」
「濡らした指でなぞると、舐められてるみたいでしょ?」
仰向けに押し付けていた彼の体を起こし、僕の前に背を向けて座らせて凭れさせる。いわゆる背面座位のかたちで乳首をゆるゆると撫で転がすとコクヨーくんの体は逐一大きく跳ねた。結構ここが好きなんだなぁ、と僕は一人で感心して、彼の表情を盗み見る。半開きの唇のあわいが濡れている。熱い息を繰り返し吐いている。少年の新しい性感帯を開発した気分はなかなかに良いものだ。
「ちょっとやりにくいな。自分でシャツ、持っていられる?」
片手で押し上げていたシャツを離してそう指示すると、コクヨーくんはとろけたような貌で従順に頷く。あんがい、快楽に弱いタイプなのだろうか。こわいこわいと震えていた割に、すでに拒否感は薄まっていた。
「うんうん、いいこ」
僕の一挙一動に、シャツを掴む手が強張ったり弛緩したりと忙しい。声を出したいのか理性で抑えているのか、それとも上手く出せないのか、びっくりするくらいに真っ赤になった顔をゆがませていた。時折、小さな母音を溢しながら湿った息を小刻みに吐き出す。
「だいじょうぶ? ここ悦すぎ? たまんない感じ?」
「はひ、……っ、ん、ぅんっ」
翻弄するのは愉しい。緩む頬をそのままに問えば、コクヨーくんは素直に何度も大きく頷いた。首が外れるんじゃないかってくらいに振るものだからこちらまで不安になる。彼の汗ばんだ額にてのひら全体を押し付けると、僕の肩口に頭を凭れさせた。若い男子の、不快ではない汗のにおいが鼻腔を擽る。腕の中の少年が朦朧としているのをいいことに、ベッド脇のカゴからローションを取り出した。とぽっ、という何とも言い難い粘着質な音を立てるそれを、熱く滾った彼の中心に玉の筋を作りながら少しずつ垂らした。
「ッひぅ、つめ、たい……っ」
丸出しの急所が心許ないのか、コクヨーくんはもぞりと身じろぎする。肩を掴んで密着するようにこちらへ引き、ローションを垂らした手を彼の分身へ添えた。
「ぅうわ、……ふ、はん、くぅ、ん……」
そのまま上下に擦ると、のけぞった喉から犬のような声が漏れた。
「はは、とろんとした顔してる。ぬるぬるの手で擦るときもちいいでしょう。これも覚えていて。明日からは、この夜を思い出しながら一人でするんだよ」
「や、ちょ、あっ、ちょっと待っ、あ、ああぅ」
僕たちの熱すぎる視線の先で、ねちねちと激しい音が立っている。控えめな皮に包まれた熟れた亀頭の先に雫が盛り上がる。
「すごいね。先っぽがこんなに赤くなって……」
「ッぃや、あ、ぁ、やだ、やだっ」
上から見せつけるようにローションを垂らして両手で扱き上げると、涙と涎を垂らしながら、彼は自分の両手を僕の手へ重ねた。抵抗のつもりなのか強請っているつもりなのか判別はできないけれど、酩酊しそうなほどの扇情に音を立てて唾液を呑み込んだ。
「……っ、まるで自分で擦ってるみたいだね、なんだかそういうの、興奮しちゃうなぁ」
「ち、が……っ、もぉ、やめ、やめて、くださ……っ」
僕の手を包んでいた両手は叱られたようにびくりと退き、ふらふらとさまよったあと彼の口元に移動していた。必死に両手で声を抑えているつもりなのだろうが、あまり効果は見受けられない。ひっきりなしに漏れる初々しくて切ない声は、この僕の手によって上がっているのだ。それが嬉しくて、もっといろいろな事をしたくなってしまう。
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