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トゥー・ドリフターズ 3
「ぅ、ふっ……」
鼻から抜ける吐息が甘い。エアコンが作動する音、窓を叩く雨音、時計の針音。毎日いやというほど聞いている生活音に、ちゅっちゅと唇同士を啄むふしだらな水音が混じりあい、とろける思考を現実とは遥か遠い彼方へと連れ去ってしまう。頭がぼおっと白霞む。
「あき、ぁ、あきつさ、ん……っ!」
息継ぎの合間に、たまらなくなったコクヨーくんが指を絡めたまま、掌同士を擦りあわせるようにむずがる。泣く間際のような声。切なげに名前を呼ばれ、応えるようにしてその体を抱きしめた。胸と胸が間隙も許さぬほど密着し、いのちの振動を感じる。二人して理由もなく興奮し、はあはあと息を荒げながら体同士をすり合わせるようにして抱き合う。目に見えない何かを埋めるように。
伝えたい言葉が見つからず、どうしようもないから身を乗り出す。抱きしめる。
「秋津さんは、おれのこと……っ」
腕の中に閉じ込めたコクヨーくんがつぶやく言葉を唇で塞いで、熱い手で彼のベルトを抜き取った。
「えっ、ちょっと、待っ……!」
「もう、我慢できない」
「……ッ」
今、自分がどんな顔をしているか、知りたくない。
よっぽど余裕の無い表情をしているのだろう。まんまるの瞳が真正面からかち合う。体の奥底からねっとりと火照るように体温が上昇していく。
「大丈夫、痛いことも、最後までも、しないから」
うまく舌が回らない。きちんと喋れているかどうかも分からない。ただ、同じようにふぅふぅと息を荒げる熱っぽい瞳が熱っぽく潤んでいることだけは、わかる。
「ねえ、僕の、舐められる?」
コクヨーくんの程よく赤味の帯びた唇を撫でながら囁くと、彼はさした迷いもなく頷いてくれた。頷いた拍子に涙がこぼれやしないかと思ったが、潤む瞳のあわいを揺らめくだけだった。こんなところにも我慢強さが反映されている。
狭いソファの上で同じようにベルトを抜き、スラックスの前を寛げた。ゴムを被せた方が良いかと問うと、いらないと手を振られた。変なところで男前なのが面白い。すでに下着を押し上げているそれに熱い手を誘導し、促す。
「あ……」
素直に身をかがめた彼は一度だけ僕の表情を困惑の滲む瞳で伺い、睫毛を伏せて下着の縁に指をかけた。恥ずかしいのか、頬はこんなにも熱いのに、僕のペニスに絡みつく指はすこし冷たかった。ごくりと彼の喉が上下する。唇を亀頭に近づけ、躊躇してから赤い舌をゆっくりと覗かせ、ぺとりと舌の表面を先端へとくっ付けた。舐めるというより、くっ付けた。その躊躇いと羞恥との葛藤、ぎこちなさにたまらなく煽られた。
「そのまま、舌を下ろして……、唇で食みながら、そう」
舌が細かく震えているのが分かる。緊張をほぐすようにコクヨーくんの頭を撫で、前髪を梳き、顔がよく見えるように横髪を耳にかけてやる。しかし微妙な長さの髪はすぐにまたさらりと耳から落ちてしまう。
「裏側が気持ちいいから、そこを通って、先っぽまで昇ったら、ん、咥えてみようか」
「う、ん……」
指示に従順な口が、僕の熟れた亀頭を咥えこむ。火傷しそうなほどに熱い。
「っ、上顎で、先っぽを擦って……」
「んっ、ん、ん……」
「奥まで咥えなくてもいっ、から、カリのとこ、吸って?」
健気に上下する小さな頭。淫靡な運動は視覚からも快感を炙り出す。コクヨーくんの小さい口の中で、僕のカウパーと彼の唾液が混じり合い、時折それを、喉を上下させながら飲み下している。いやらしいのに、どこか子供っぽい。懸命な奉仕に僕のペニスがぐんと育ち、いたいけな上顎を押し上げた。
「んぐッ、あっ、はぁ……っ」
苦しくなった彼が口を離して大きく息継ぎをすると、たらりと唾液が滴った。それを指で拭ってやりながら頬を撫でた。ぬるい呼気に、わずかに牡の粘液の香りが乗っている。愛おしい。
近くのチェストからティッシュを取り出し、ぬるつく唇を拭ってやる。ついでにローションも用意したのだけど、半ば放心している彼は気が付いていないようだった。出会ったときから思っていたが、こんなにも警戒心が無くて大丈夫だろうか。彼はこの先、僕が見ていなくても健やかに傷付かず、生きていけるだろうか。口腔を犯しておいて、こんな心配をするなんてお門違いだろうけれど。
「もういいよ、ありがとう。気持ちよかった」
「あっ、も、もういいの?」
「初めてだしね。いいよ、これだけで十分。それより……」
「えっ、え、なに?」
不安げなコクヨーくんの肩を軽く掴んで促し、後ろ向きにさせる。後ろ手からズボンのファスナーを下ろして半勃ちのそれを手で強く扱いた。
「うぅぁッ、い、やだぁッ」
手の甲を引っ掻かれて白い傷跡が付く。コクヨーくんは僕の手を引っ掻いた事にも気付いていないのか、身を捩りながら性急な快感を必死に逃がそうとしている。
「ほら、大丈夫だって。素股で抜かせて?」
「あっ……? はッ、すまた……?」
素股の意味を分かっていないのか、不安げな声音は僅かに震えている。無防備に晒されている薄い耳たぶを食んで笑った。耳が弱いらしく、びくりと大きく震えた。背後から覆いかぶさるようにして、硬度を保ったままのペニスにローションを塗して太股の間に挿し入れた。
「ほら、脚をぎゅって閉じて。力、抜かないようにね」
「う、うぅ……」
ものすごく不安そうなのに僕のことばに従順な辺り、流されやすい子なのかと心配になってしまう。
――――それとも、僕だからこそ、信用されている?
ぬるぬるのペニスを彼の双球と太股に擦らせながら、マルチ商法や変な勧誘に引っかからなければ良いけどと要らぬ心配が浮かんだ。
「コクヨーくん、霊験あらたかな壺は買っても使い道ないからね」
「はっ、はぇっ? あ、なんの話……?」
驚いたようにこちらを振り仰ぐ頬が涙に濡れている。コクヨーくんの片腕を僕が掴んでいるから、まるでバックから無理やり犯しているような錯覚を覚えた。パーカーも腰の半ばまでずり上がって、白い尻が露わになってしまっている。
「拡張も、始めないとね」
「だ、からッ、なんの話っ……? ぁ、ですか……?」
「今後の君のはなし。んっ、もっ、ちょっとで、イクから……」
「ぃあ、ぁ、あ……ッ、待っ、待って、待って、くださ……っ」
強張る腕を少し引き上げて耳の縁にキスをする。擦れる角度が変わったせいでコクヨーくんも先ほどより多くの快感を得ているのか、切羽詰まったような声が漏れ出した。わざと裏筋に亀頭を擦らせると、僕のペニスを挟んでいる太股が徐々に痙攣し始めた。
「……ッきもち、い? きみも、イキそう?」
「は、はひ……ッ、んん、ィきそ、いきそッ、れす……ッ」
声を噛み殺しながら何度も頷かれる。首まで滴る涙に濡れそぼる頬にキスをして、ラストスパートをかけた。
「ぅあぁ……っ、や、やっ、こすれ、ちゃ……ッ」
責め立てる動きを止めようと伸ばされた手を握ると、堰き止められていた熱が一瞬で解放されるような射精が訪れた。
「あつ、いぃ……っ」
僕の精液を陰茎と腹に浴びながら、コクヨーくんは額をソファに押し付けて射精感に悶えていた。腕を回してコクヨーくんのぬるつく陰茎を性急に扱き上げると、それもすぐに濃い精をたくさん吐き出した。ソファーを汚してしまうなんて、そんな事はもはや頭にはなかった。
「べっとべと……。どれがコクヨーくんの汁か、わかんないや……」
射精後の弛緩した体を膝に座らせ、精に塗れた腹を指でくるくると撫でさする。恥ずかしそうに距離を取ろうとする姿にふと悪戯を思いついて、ぬめる小さな亀頭を親指でかりかりと擽った。
「ひぅあ……ッ!?」
コクヨーくんの背がビンと大きくしなる。逸る心のまま、真っ赤な亀頭を尚も責め続けた。
「あッ、ぅあ、あっ、や、やら、ゃら、ぃやだぁ……っ!」
「ちょ、っと、大人しくしててね」
暴れる足をどうにか押さえて、涙で冷たくなった頬に頬擦りをしながら執拗に亀頭を嬲る。ローションを追加しながら右手で尿道口を擦り、何度も何度も緩急を付けて苛め倒す。
「やぁ、やだ、やだ、ひッ、やらぁ、あきつさぁん、……!」
びくびくと暴れる体を力いっぱい抱き締めた。射精後の敏感なペニスに細かく断続的な刺激を与えられ、コクヨーくんの痩躯が悶え狂うように跳ね続ける。自由になった足がテーブルを蹴った。湯呑が倒れ、ぐわんぐわんと回る。
「あっあ、だめっ、だめだめだめっ、もっ、許し、ぁはっ、ゆるして……!」
ぜえぜえと荒い息を吐き、混乱しながら許しを請う姿に喉が鳴った。酸欠で赤い顔がかわいそうだけれど、これでもかというほどに煽られる。パーカーの胸元をぎゅっと握りしめる手に涎が垂れていて、こびるような視線はまるで生殺与奪権を得たようだ。手の中で暴れる必死さが悦い。助けを求めるしかない相手に良いようにされて、無理やり快楽を引き出され、それでも許しを請わねばならないなんて……。
愛撫とは、残酷だ。
「もっ、もうだめ、いやだぁ、やだ、、苦しっ……! やあぁッ、やだぁっ」
出そう、何か出そうと泣き喚き、僕の首元に頭をぐりぐりと押し付ける。睫毛がじっとりと濡れていて、重そうだった。酸素を求めるようにわななく充血した唇を舐め、溢れる唾液を啜った。獣のようだ。
「あき、秋津さ、でるっ、出るよぉ……っ!」
「そのまま出して……、いっぱい、お潮吹いて?」
泣きじゃくる彼のぱさぱさした髪を避け、赤い耳に息を吹き込む。いやらしい気分でいっぱいになり、呼気も熱く、荒くなる。酩酊している。舞い上がっている。
「やっ、あ、ほん、ほんとにっ、あっ、ぁ、あ――――……ッ!」
裏筋をぐいぐい押しながら尿道を指で捏ね回すと、声にならない悲鳴を上げながらコクヨーくんは透明な潮を吹いた。若いペニスから液体がぴゅっぴゅと飛び出す様は淫靡そのもので、しばらく息を詰めてきらきらとした放水を見守っていた。
時刻は夜の八時を回り、まさに台風直撃、窓の外は疾風怒濤、雷鳴轟々。地を割らんばかりの雷がぴしゃんと鋭く鳴り響き、僕はカーテンを閉めながらハァとため息を吐いた。
ぐったりとしたコクヨーくんの体を拭き、きちんとズボンを履かせてベッドに運んでから、すっかり我に返ってしまった。
潮やら二人分の精液やらでひどい有様になってしまった可哀想なソファーも綺麗に正装して、納戸の奥に仕舞ったきりだったカバーを被せたのだが、……それにしても人の性欲求は侮れない。こうして冷静になった今とあれば、難癖を付けて風呂場にでも連れ込んで事に当たれば良かったものを、どうしてよりによってソファーで強行してしまったのだろう。どっと疲れた体でよろよろとベッドまで這い、寝こける彼の髪を梳いた。
お金の入った封筒は、まだテーブルの上にある。金を介した関係、という言葉を反芻して、もう一度ため息を吐いた。あどけない寝顔はすぅすぅと小さく寝息を零している。眦が赤い。たくさん吸った唇も、充血している。
(もっとちゃんと、繋がりたい……、か)
彼の迷いや葛藤など、これっぽっちも知らなかった。知ろうともしなかった。
僕は、やさしい彼にどう応えればいいのだろうか。こんなふうに相手に臆したり、相手の背景を考えたことなど今まで一度たりともなかったから、勝手がよく分からない。好きだとことばにしたら、繋がることができるのか? こころで繋がるとは、……どうすれば僕は、〝ちゃんと〟繋がれる?
ごうごうと激しく悶える雨嵐に、心情を重ねては費えぬため息ばかりを吐き出してはCO2に溺れた。
人は、難しい。
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