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エンヴィー・ラッシュ 4

  *   *   *  石のように固まってしまった彼をベッドに押し倒してパーカーをまくり上げると、強張った薄い腹が僕のてのひらの下で震えた。指の腹でみぞおちの辺りを少しだけ押して、肉に浅いへこみが出来るのを楽しむ。若い肉だ。まだ完全なる体のつながりを知らぬ、無垢な肉。引き締まっているのに柔らかい。皮膚も美しく、こうして撫でているだけでも悦ばしい。しばらく何をするわけでもなく腹や胸を撫でていると、やにわに彼の呼吸が期待に乱れ始める。熱い呼気を吐き出す口内に親指を差し込み、唾液を纏った舌を撫でた。 「熱いね。もう興奮してきた? ……うれしいな」 「……っ」  唾液で濡れた親指で乳首を押し潰す。 「ンッ、うう……」  ぬるつく指でぐりぐりと捏ねると、コクヨーくんは泣きそうな声を出して身を跳ねさせた。慌てて口を塞いでいたけれど、だぶつく袖の隙間からプレゼントの腕時計が覗いていて、嗜虐性に目覚めそうになるほどにひどく興奮した。気付かれないように下半身に目をやると、コクヨーくんは早くも勃起をしていた。知らしめるように撫でると顔を背けられてしまう。代わりにこちらに差し出すような格好で露わになった首筋をべろりと舐め上げた。 「汗の味がする。ほら、声、抑えないで」  口元に押し当てられていた手を取り、指と指を絡め合ってシーツに押し付けた。無防備になった唇を舌で舐めると、控えめながら舌を差し出して侵入を許してくれる。触れた舌がびりびりとするほど、キスだけで、唾液の味だけで怖いくらいに快楽が込み上げてくる。 「んっ、ん、ぅ……」  細切れの声さえ飲み込むように貪る。とろとろと広がるじんわりとした心地よさが唇同士で伝達される。鼻が擦れあうのも、息継ぎで唇同士が僅かに離れるのも、すべてが興奮を誘う。軽く息を整え、またどちらからともなく舌を差し出し、余すことなく口内を舐めあう。上顎を擽ったり、舌を噛んだり吸ったり、味蕾のざらつき同士を擦り合わせたり、何十分も飽きることなく繰り返す。 「はっ、……疲れた?」  頑張って拙いキスを返してくれていたコクヨーくんの動きがだんだんと鈍くなって、仕舞にはふにゃりと舌から力を抜いてしまった。頬を撫でながら問うと、垂れた涎を拭いながらぼんやりと頷かれた。さすがにしつこすぎたか。 「はは、ごめんごめん、つい夢中になっちゃったね」  労うように額にキスを落としてから、息を整える彼のズボンに手を掛ける。今日は慌てないのだなと怪訝に思ってちらりと見ると、ぎゅっと瞼を閉じて両の手指を固く組んでいた。見ていないのなら好都合とばかりに、ベッドサイドの引き出しから潤滑ジェルのチューブを取り出し、中身を指で擦り合わせる。邪魔くさい袖をまくり、ひくつく内腿を舐めながらジェルを後孔へ塗り付けた。 「う、うう~……」 「……てっきり驚くのかと思っていたけど、そうでもないんだね。もしかして、男同士でのやり方、勉強してきたの?」  パチッと音がしそうなほどの勢いで開かれた瞳と茹だった赤面にすべてを悟る。こうなる事を予想して、許して、尚且つ下調べまでして今夜に臨んだ彼。女も知らぬ体の彼が、自ら、僕を体の奥深くへと受け容れるため――……。 「お、おれ、すみません、おれ、なんだか自分が恥ずかしい……」 「どうして。僕はうれしいよ」  押さえつけたままの膝がもじもじと動く。 「あ、お、俺、いつもそういう事ばかり考えてて……、夢にも見て、秋津さんと一緒にいる時も、ずっと……」  衝撃を受けた。呪文やら面妖な造語ばかりを得意げに諳んじる傍ら、彼の頭の中には僕との淫靡な妄想が育っていたのか。種を撒いたのは僕だけれど、彼は日ごと自ら水を撒き、育て上げたのか。夢にまで見るほど――――。  胸が高鳴る。喉が詰まるほど奔流する感情に突き動かされるまま、遊んでいた指を後孔に潜り込ませる。やさしくリードしてあげたいのに、いよいよ僕の方がどうにかなってしまいそうだ。 「あ、ッ! 秋津、さんの、い、挿れるの……?」 「分かんない。入りそうなら、挿れたい。ごめん、本当はゆっくり慣らしてあげたいけど、ごめんね、無理かも」  中指をねじ込んで、無遠慮に奥の方を擦り上げて柔らかい肉の壁を探る。 「ふ、ぅく……ッ!」  痛くはなさそうだけれど、やはり相当狭い。二本目が入るかどうかも怪しい。もっと以前から下準備を行えば良かったのだけれど、今更やめるなんて、絶対に無理だ。  コクヨーくんは口元を手のひらで押さえながら声を殺している。純粋に怖いのだろう。爪で引っ掻かないように、摩擦で傷まないように、ジェルを足しながら肉を解していく。痛くないように、怖がらないように、少しずつ、少しずつ――――……。 「二本目、挿れてみるね」  中ほどまで引き抜いてから、人差し指と一緒に慎重に埋める。 「ぅん、ん、っふ……」 「大丈夫そう?」 「ぃはっ、はいッ」  健気な返事が裏返った。ジェルと肉襞がぐちぐちと音を立てる。コクヨーくんの足が跳ね、片脚に絡まったままだったズボンの裾がばさりと翻った。邪魔そうだったので、膝を押さえつけていた手を滑らせ、完全に脱がせてしまう。薄い腹の中腹までずり上がったパーカーからすらりとした発展途上の若い下半身が伸びている。僕の顎から滴った汗がコクヨーくんの腹を汚す。ごくんと唾を呑み込む。指を抜き差ししながら体を退かせ、目の前で震える彼の真っ赤な陰茎を咥え込んだ。 「あッ、ひぅう、それ、ぃやだぁ……ッ!」  暴れる足を掴んで、口の中で唾液と舌と陰茎とを擦り合わせる。わざと音を立てながら唇で扱くと、すぐに塩辛い味が広がった。 「や……あぁあ、あ、きもち、の、もうやぁ……っ!」 「ん、いやじゃないでしょ? いっぱい、汁が垂れてきてる」 「ぅ、ぅう、秋津さ、あきつさ、ほんとにッ、すぐ出ちゃいそうになるっ」  べそをかく姿がより一層劣情を煽ることに気が付いていない。快楽に身を捩らせる彼の友人は今頃、女の子とぎこちないが微笑ましい談笑を交わしているのだろう。浅倉くんは知らない、コクヨーくんのこんな姿を。男に陰茎を吸われ、尻を差し出し、穴を解され、男性器を受け入れる準備をしている友人の姿を。淫らに鳴き、燻る快楽に打ち震えるコクヨーくんを、ほかの誰も知らない。父親も、クラスメイトも、バイト先の従業員も、これから彼に接客されるであろう客も、街ですれ違うであろう何万人というひともみんな。この地球上では、僕だけしか知らない姿――――。 「……たまらないな」  小さく漏れた呟きを怪訝に思ったのか、コクヨーくんは真っ赤な瞳を細めてしゃくり上げながら股座の僕を見下ろす。汗ばむ内腿に食い込む無骨な指が、皮膚の食い込みに落ちるわずかな翳が、どうしようもなくうれしい。荒い呼吸に合わせてへこむ腹も愛おしくて、衝動も欲望も止まらなくなる。  第二関節のところまで挿れた指をぬるぬると動かす。ちょうどペニスの裏側。柔らかい肉とは少しだけ違う一点。彼が苦痛だけでなく、きちんと快楽も感じられるように、そしてそのポイントを覚えられるように丹念に探り当てる。 「やッ、ら、なに、なに……っ!?」  ゆらゆらと揺れていた足がびくんと大きく跳ねる。中指を曲げて前立腺をぐいぐいと押し潰すと、ぴんと張った爪先がぎゅっと丸まって強い快楽を如実に伝える。 「ぅあぁっ、ぃあ、や、やだ、あきつさんっ、やら、ゆび、やっ……!」  『やめて』という、声にならぬ悲鳴が喉奥から絞り出される。びくびくと痙攣する脇腹に、ぐぐっと持ち上がる腰。強すぎる刺激から逃げようと、生白い踵がシーツを蹴る。瞳の縁が可哀想になるほどに赤い。高い母音の連続と泣き声がどこまでも官能的で、痛いくらいに起立したペニスにずんとした興奮が積み重なる。  ふやけそうな指を抜き、羽織っていたカーディガンを脱いでベッド下に落とした。コクヨーくんは肩で大きく息をしながら、僕の一挙一動を子供のように目で追う。 「さて、本番、いこうか」 「……、ぅ」  彼の眉毛が困ったように下がり、僅かに頷く。頷いた拍子に、目尻に溜まった涙の粒が零れたような気がするのだが、すぐに横髪に隠れてしまった。 「無理そうなら、すぐに止めるから」  扱いたペニスにジェルを伸ばして後孔に宛がい、頭の隅で、目の前で震える少年を案じる。例えば彼が痛みを訴えて泣いたとして、果たして僕は行為を中断できるのだろうか。  ――――いや、痛い思いをさせたいわけじゃない。確かな繋がりを、精神だけではない物理的なつながりを、今夜確実に得たいだけだ。  腰骨を掴んで支えながら、先端をゆっくりと熱い肉の隙間に潜り込ませていく。 「ッく、ううぅ……、ハッ、はぁっ」 「キ、ツいね。ゆっくり、挿れるから……」  歯を食いしばる唇を舐めて、頭をゆるゆると撫でる。僕の両肩に頼りなげな指が食い込んで、眉を顰めた。フーフーと猫のように息を荒げる彼を宥めるように、ゆったりとしたストロークの深いキスをしながら、じわじわと腰を押し進めていく。少しずつ狭い後孔を拡張していくように、陰茎が火照った肉を割っていく。押し上げる感覚に胃が刺激されるのか、コクヨーくんは吐き気を堪えるように口元を押さえた。 「僕は気にしないから、吐きそうなら、出しちゃってもいいよ」  横に大きく首を振られる。 「ッ、一旦、抜こうか?」  もう一度、大きく首を振る。 「抜くとっ、つぎっ、つぎ挿れるときっ、ハッ、あぅ、怖くなっちゃうから」 「もう挿れられるのはいやだって、言わないの?」 「言、わないぃッ……!」  こんなにもつらそうなのに、次を想定してくれている。今後のことを、当たり前のように享受している。 「ありがとう。……春斗くん」  汗で額に張り付いた前髪を掻き分けて、赤く上気した頬を両手で包んで親指の腹で撫でた。苦痛の色が濃い表情が僅かに緩み、ホッと胸を撫で下ろす。大量の汗に、額に張り付いた髪がいやに扇情的で、何度もキスを落とした。汗ばむ鎖骨のくぼみで心音に合わせて震える汗粒は塩辛い。僕がくちづける度に緊張が融解していくのが分かった。ぎゅうぎゅうに強張っていた後孔も、少しずつではあるが猛ったペニスの侵攻を許し始めている。彼の鼓動が繋がった箇所に重く振動を伝えている。ああ――……。 「もう、少し。もう少しだからね」 「っ、ぅん、うん、ら、らいじょ、だいじょうぶ、です……っ!」  呂律の回らない舌を啄み、体の緊張を拡散させるためにコクヨーくんの柔らかいペニスを手で扱き上げた。 「ひぁ、ぁっ、あ、……っ!」  彼の汗ばんだ手のひらが、僕の手首をぎゅっと掴む。その頼りなげな圧力に、僕の皮膚の下でどくどくと命を刻む血管が歪んだ。それだけの微弱な感覚に泣きたくなる。今こうして、僕とコクヨーくんは心臓を動かしながら、生きながらに一つになっている。

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