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ファイナル・ビュー 2
* * *
暖房の効いた部屋に帰り、少し遅い朝ごはんである力うどんを食べながら、正月の特番をだらだらと眺める。やはりあたたかい我が家が一番だなあ、と生あくびを噛み殺した。
「テレビ、毎年おんなじやつだね……」
「んー、そうだね。退屈なら、映画でも観る?」
何がいいかなぁと重い腰を上げ、本棚の片隅を占拠している映画コーナーを物色する。彼もとことこと後を着いてきて、物珍しそうに棚を見上げた。
「あ、映画、好き? 好きですか?」
「んー……。まあ、好きかな。ほら、父がアレだから、必然的に増えていっちゃってね」
簡素なパッケージのDVDを取り出し、覗き込んでくる彼に見せてやる。
「僕の父は映画監督なんだって言うと大抵のひとは観たがるんだけど、困ったことにぜんぜん評判が良くなくってね……」
大学生のころだったか。たまたま家に招いた友人たちが本棚にある映画に気付き、これはお前の父親の映画か、観せろ観せろとせがんできたことがあった。
僕は二つ返事でそれを承諾し、表面上は冷静を装い、内心はとてつもなくドキドキしながらささやかな上映会と洒落こんだのだが、結果はもちろん散々。眠くなるだとか退屈だとか、そんな感想ばかりが飛び交った。
自分こそ退屈だと思いながら観てはいたものの、実際に満場一致でそう言われると、自分の感想は棚に置き、ひどく憤慨したものだった。予想をひどく裏切られたからかもしれない。自分には分からなくとも、誰かひとりくらいは父の映画の魅力に、父が家庭を二の次に置いてまで心血を注いだ映画の価値に気付いていくれるのではないかと勝手に期待していたのだ。そして、父の映画が評価されたときにようやく、自分の寂しかった長い月日には価値があったのだと、たしかに証明されるような気がしていたのだ。
「……これは、父の代表作。代表作って言っても、大したもんじゃないよ。ぜんぜん、誰も知らない」
「へぇ。……『雪とし、夢見の随 』。時代もの? 難しそうなやつだね」
「ん。僕もよくわかんなくて、途中で寝ちゃった。こっちは現代もの。だけど、これもよくわかんない。人気もないけど。で、こっちはドキュメンタリー映画。不人気。で、これが……」
「ふふ」
棚に収まったパッケージの背を撫でながら順に説明していると、コクヨーくんが口元を押さえて柔らかい笑い声をこぼした。
「え、なに、どうしたの?」
「あ、いや、秋津さんが楽しそうで。なんだかんだ言って、お父さんの映画、ずっとこうやって紹介したかったんじゃないですか?」
「えっ……」
動揺。思わず映画のタイトルを撫でる指を止めて彼の表情を凝視する。
「“だれも知らない”って言うとき、秋津さん、哀しそう。……だけど、広めたくてしょうがないって顔してる。すごくうれしそうに」
瞳を細めて心底愛おしげにそう言い、僕の指にそっと手を重ねる。
「秋津さん、お父さんのこと好きなんだね」
ああ、と声にならないため息を吐く。
僕は、誰も知らぬ父の映画を、母が愛した映画監督である父の作品を、誰かに言いたくて、これは僕の父の映画ですって大声で紹介したくて、たまらなかったんだ。
“よく観て、誰か気付いて。”
ずっと、僕はそう言いたかったのか。
「そ……、うなのかな」
僕は恨みも寂しさも覆い隠してしまうほどの憧憬をもって父を、父を取り巻くすべてを尊んでいるのだ、きっと。ひきつる咽喉から声を絞り出すと、コクヨーくんはたっぷりと頷いた。
「そうだよ。……俺も観てみたいな。秋津さんのお父さんが創った映画」
唾を呑み込む。あの日の上映会の、なんともいえない憤りが胸によみがえる。
言葉を返さぬ僕の指を、彼の手が掬い取る。握られ、さすられ、体温を分け与えるかのように慈しまれた。
「……一緒に、観ようか」
「はい! 実はずっと、観てみたかったんだあ」
胸を弾ませながら屈託なく笑うコクヨーくんに喉がカッと熱くなった。彼にならたとえどんな感想を言われたとしても、たとえ途中で寝こけてしまったとしても、しあわせだと受け容れられる。観たいといってくれたそのこころが、どうしようもなくうれしいのだ。
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