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第2話
「おい、いい加減にしろ」
低い声がホームに響く。
背後から急に肩を掴まれて、酔っ払いの体がビクッと跳ねた。
俺も思わず叫びそうになって、慌てて口元を押さえる。酔っ払いの後ろに立っていたのは、クラスメイトの男子だった。「岩田!」と喉元まで出かかった名前を、なんとか飲み込む。
「なっ、何だお前。関係ねーだろ!」
背の高い岩田を見上げながら酔っ払いが吠えた。それに全く動じることなく、「彼女が嫌がっているだろう」と、岩田は冷静に反論する。淡々としていても、低い声はそれだけでかなりの迫力があった。
凛々しい振る舞いに思わず見惚れていると、視線に気づいた岩田もこちらに目を向ける。
その瞬間、「しまった」と全身から汗が一気に噴き出した。呑気に見惚れてる場合じゃなかった。コスプレしていることは学校の奴らには秘密にしているのに。
しかも今はコスプレですらなく、ただの女装。
正体がバレたら、俺は詰む。
風を切る音がしそうなほど、勢いよく岩田から顔を背けた。どうかバレませんようにと必死に心の中で祈る。
「お前、邪魔なんだよ。どっか消えろ」
酔っ払いが「しっし」と手で追い払うような仕草をした後、再び俺の肩に腕を回そうとした。その腕を岩田が掴んで捻り上げる。「いてぇ!」と酔っ払いは喚き散らしたが、岩田は無表情のまま容赦なく抑え込んだ。
「あんまりしつこいと、警察に突き出すぞ。それが嫌なら、アンタの方こそさっさと失せろ」
語気を強めると凄みが増す。岩田が手を離すと同時に、酔っ払いは慄 きながら飛びのいた。おぼつかない足取りで、よたよたと引き下がる。
「そ、そんなブス、もう興味ねーし。お前ら二人でよろしくやってろ!」
捨て台詞を残し、酔っ払いは一目散に走り去った。
オイ待て。誰がブスだって?
無礼な言葉を聞いて拳を握る俺に、岩田は心配そうに眉を寄せる。
「災難だったね。大丈夫?」
大丈夫じゃねーよ。と言いかけてハッとした。うっかり喋ったら声でバレてしまう。早くここから離れなきゃ。とは言え、助けてもらったのに礼も告げずに立ち去るのは、やっぱり失礼だよな。
俺は咳払いを一つして、顔を見られないように頭を下げた。
「あ、ありがとう、ございました。では、これで!」
言い終わると同時に、くるっと回れ右をして一歩踏み出す。無理に高い声を出したが、不自然じゃなかっただろうか。
「あ、待って。キミ、雷斗 さんだよね?」
気づかないフリをしてそのまま歩き続ければ良かったのに、思わず足を止めて振り返ってしまった。
「雷斗」は俺がコスプレする時に名乗っているコスネームだ。
なんでコイツが知ってるんだ。
そんな疑問を察したのか、岩田は照れくさそうに頭を掻いた。
「普段のコスじゃないから違うかなとも思ったんだけど、さっきアップされたSNSの写真に似てたから。やっぱり雷斗さんだ」
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