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第3話
ホラ。と言って、岩田は俺に見えるようにスマホを掲げた。そこには先ほどアップしたばかりの投稿写真が表示されている。「俺、ずっと前からファンなんです」と、はにかむように笑う岩田を見ていたら、会話を振り切ってこの場から立ち去るのは申し訳ない気がしてきた。
「それは、どうも……」
タイミングを逃した俺は、顔を伏せてその場に留まった。なんとなく、岩田からソワソワした雰囲気が漂ってくる。
「雷斗さん、この辺りは良く来るんですか?」
「いえ、たまーに」
「じゃぁ今日会えた俺は、ツイてたんだなぁ」
「あはは……」
気まずさを誤魔化すように、意味もなく笑ってみる。
それにしても、学校で見る岩田とは随分印象が違うな。
男子バレー部のキャプテンで、成績も良く、周囲からの信頼も厚い。俺と違って教室でバカ騒ぎもしないし、いつも落ち着いていて大人っぽい雰囲気で、硬派だと思っていたのに。
コスプレイヤーのSNSを逐一チェックしているイメージはなかったし、ましてや本人を目の前にしてグイグイくるタイプだとも思わなかった。
「俺は予備校の帰りなんです。それでさっき、雷斗さんの投稿見て『これ、池袋だな』って気づいて。もし偶然会えたら、それはもう運命かもしれないって、冗談半分で思ってたんですけど……。まさか、本当に会えるなんてね」
そこで一度言葉を区切った岩田が、改まって俺の方へ向き直る。酷く緊張しているように見えて、俺まで鼓動が速くなった。
「笑わないで聞いてほしいんだけど。もしよかったら、俺と付き合ってくれませんか」
あまりの出来事に、俺は息を呑んだ。
今までヒロインのコスプレばかりしていたし、イベントでもキャラになりきって女性らしく振舞っていたので、ネット上では当たり前のように「雷斗は女」と誤解されていた。もちろんイベント会場で着替える時は男性更衣室を使用するし、喋れば声でわかるので、正しく男と認識している人もそれなりにいる。
だけど誰も、俺自身でさえ、敢えて「男です」と宣言したことはなかった。
嘘を吐いているようで後ろめたかったが、女性として見られる方が変身願望が満たされる気がした。むしろSNSなどでは、キラキラした投稿ばかりしていて女子っぽさを演出していたくらいだ。
そんな投稿を見ていた岩田が俺の事を女だと勘違いしても、なんら不思議はない。
結果的に騙していたと言う事実に、冷や汗が流れる。
何と答えたらいいかわからず黙り込んでいると、岩田は静かな声で話を続けた。
「本気で好きだったんです、ずっと。いや、『だった』は変だね。今も好きだから」
「え、いや、本気って……。ああ、ファンとしてってことですよね」
「ううん。遠くから眺めるだけで満足出来る好きじゃなくて、ずっと側にいたい、誰にも取られたくないって種類の好き。だから俺と付き合ってほしい」
岩田が真剣に伝えるほど、申し訳なさと同時に苛立ちが募った。
虚像をいくら好きだと言われても、嬉しくもなんともない。なのに、どうしてか胸の奥が疼いて掻きむしりたくなった。息苦しくて居た堪れなくなり、逃げるように視線をホームの電光掲示板に向ける。
電車が来るまで、あと五分。
「なんで会ったこともない人のこと、そんなに好きになれるの」
我ながら棘のある言い方だなと思った。
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