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 高身長。  整った顔立ちに、スーツの上からでも分かる立派な体。  これは確かに、女性職員が心待ちにするのも、ぼんやりと分かる気がする。男の俺からしても、こぼれ出るように『カッコいい』と思える人だ。 「牛丸さん、ようこそ商品係へ」 「分からないことがあったらなんでも訊いてくださいね!」 「良かったら、お近づきの証に握手を……っ」  女性職員の猛烈なアピールタイムが始まって、俺はやっと意識を戻す。まるで、時間が止まったかのような一瞬だった。  幸三が興奮して話していた昨日を、今ならちょっとだけ理解できそうだ。  その人は左手で自らの右手首をおさえながら、迷惑そうな様子を一切見せず、ニコッと優しく笑った。 「困っちゃったな。一度に言われたら分からないよ」  その対応に、また女性職員が黄色い悲鳴を上げる。勘弁してくれ。鼓膜が破けそうだ。  女性職員が何人も恋に急転直下していく中、幸三が人の群れを押しのける。 「はいはいはーい! イケメンが二人いてテンション上がっちゃうのは分かるけど、今日は引き継ぎに来たんですよ~! どけてどけて~っ!」  マジかよ。アイツ、全然平気そうだぞ。むしろ、ちょっと誇らしげなうえにさり気なく自分のアピールもしていった。  ……って、いや、待て。引き継ぎってことは、つまり?  ──こっちに、来る……?  俺がそう理解するよりも早く、見慣れた友人と見慣れないイケメンが近付いてきた。  距離が近付くにつれて、背筋に奔るゾワゾワとした妙な感覚が強くなる。  いきなりイケメンが近付いてきたら、人間はこういう気持ちになるのか。芸能人を前にして緊張するファンの気持ちが、今だけは多少なりとも分かった気がする。  決して牛丸さんのファンではないが、確かにこれは心臓に悪い。思わず二人の動きを目で追い、二人が俺の隣のデスクまで近付いてくるまでの間、なんの作業もできないほどに。  俺の隣に、幸三が立つ。 「よっす、ブン!」 「あ、あぁ。おはよう、幸三」 「あれっ? 今日は知らない人って設定はナシなのか?」  馬鹿か。そんなことを言える余裕があるように見えるのなら、引き継ぎなんてしていないで眼科へ行け。  そもそも、なんでお前はそんなに平常運転なんだよ。イケメンというのは三週間もあれば見慣れるのか?  幸三に対する恨みつらみを心の中で唱えつつ、俺は牛丸さんを盗み見た。  なぜか、変な汗が背中に流れている。あまりにも完璧なイケメンを前にして、正直俺は……ビビっている、らしい。 「初めまして」  そう言って牛丸さんは、俺に微笑んだ。……えっ、微笑みって、えっ? 牛丸さんの笑顔に、頭がフリーズしそうだ。  少女漫画に出てきそうな、完璧な笑顔。目だけではなく、思考も奪われそうだった。  だが、周りの職員がチラチラと俺たち三人を見ている。チクチクと刺さるその視線で、俺はハッと我に返った。 「はっ、初めまして。竹虎さんとは同期の──」 「ブンですよ!」 「子日文一郎です!」  思わず怒鳴るように自己紹介してから、またもやハッと我に返る。  今の感じだと、牛丸さんに怒鳴ったみたいに見えるかもしれないじゃないか! 俺は隠すことなくハッキリと、幸三を睨む。 「えっ、ブン、なにっ? ……こわっ」  平常運転の幸三は、やはりウザい。  だが、それのおかげで多少ではあるが平静さを取り戻せたようだ。俺は幸三に向けていた視線を、なんとか牛丸さんに向け直した。

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