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 そこは、企画課の人が使用する仮眠室のひとつだった。  仮眠室は個室でいくつかあり、特にどこが誰か専用ということはないはずだが。……もしかすると、兎田主任だけは特別なのかもしれない。  その証拠として、迷うことなく男性職員はこの部屋を選んだのだから。 「こっちの、仮眠室に……いる、けど……っ」  俺が内線で電話をかけた時は、開発室にいると言っていた気がするのだが。どうやらいつの間にか、仮眠室に移動していたらしい。  もしくは兎田主任が事務所に戻ってきても、誰一人として『商品係の子日が電話をかけた』ということを伝えてくれなかったのかもしれない。今までの情報を統合すると、十分にあり得る話だ。……この職務怠慢め。  男性職員は目の前にある仮眠室の扉をノックしようとしているのか、右手で軽く拳を握った。  しかしその拳を胸の辺りまで上げるも、叩こうとしない。  しばらくそんな様子を幸三と眺めていたら、男性職員の足が動いた。 「──ごめんねッ! 後は頑張ってーッ!」 「「──えっ」」  そう言うと、その人はあろうことか……。  ──脱兎の如き逃げ足で俺たち二人を残して、走り去ってしまったではないか。  呆然と、俺たちはその背中を見送る。  ……そ、うか。なるほど。きっとあの人は、怖いながらも俺と幸三を連れてきてくれたのだろう。それに対しての感謝を、忘れてはいけない。  俺は心の中で男性職員に感謝の言葉を述べると、仮眠室の扉をノックした。 「──すみません! 営業部の竹虎です!」 「──なんで迷うことなくオレの名前ッ!」  三回ノックをして、幸三の名前を大きな声で言う。幸三は慌てているが、それはそれ。  しばらく待ってみるが、返事はない。 「……なぁ、ブン。本当にこの部屋、誰か入ってるのか?」  幸三がそう言うのも納得で、中からは人の気配を感じないのだ。  もしかしたらさっきの人は、この中に兎田主任がいると勘違いしていたのかもしれない。思わずそう考えてしまうほど、静かだ。 「ブン、ブン。もう一回、事務所の方に行ってみるか? 入れ違い、とか……」 「その可能性は低いけど、待っていても仕方なさそうだしな。学の無い幸三にしては名案だ。事務所の方に戻ろうか」 「なんか今日のブンは必要以上にピリピリしてるなッ!」  お互いに仲良く喧嘩を始めた、その瞬間。  ──ガチャッと、扉が開いた。 「「うわっ!」」  勢いよく扉が開かれて、危うく俺と幸三の顔にぶつかりそうになったのだ。俺たちは同じように短い悲鳴を上げて、後ろに下がる。  すると、一人の。……一人、の……え、っ? 「──あァ?」  一人の男が、出て、き……デ……ッ!  ──デカッ!  身長二メートルはあるのではと思われるほど高身長の男が、少し背中を丸めて、俺たちを見下ろす。  片手には、なにかが入った紙袋を持っていた。  無造作に伸びた黒髪は、こだわりと言うよりは『切らなかったらこうなった』といった感じで、ボサボサだ。  目付きは鋭く、俺と幸三を視線で射殺そうとしているようにさえ見える。  しかし、身長や目付きより、俺たちには気になっている部分があった。  ──なんでこの人、上半身裸なんだ?  その人はクシャクシャになっているズボンを穿いてはいるものの、上半身にはなにも身に着けていない。割れた腹筋とそこそこに厚い胸板が、俺たちの目の前にある。  ふと、昼過ぎに先輩が言っていた言葉を思い出した。 『一応同期なんだよね、僕と兎田君』  そこで俺は、合点がいく。  ──なるほど、ヘンタイか。

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