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 なぜだか冷静になった俺は、目の前にいる長身の青年に幸三を差し出した。 「えっ、ブンっ? なんで、なんでっ! なにっ、なにっ!」 「用事があるんだろ?」 「オレのペースは無視か!」  もしも先輩みたいなタイプのヘンタイだったら、たとえ友人だろうが同期だろうが三年間一緒だった相棒のような存在だろうが。申し訳ないという気持ちが湧かないくらい、いくらでも犠牲にできる。  幸三、許せ。俺はもう一人のヘンタイで手一杯なのだから。  幸三はガタガタ震えながら、体と同じくらい震えている声でなんとか絞り出す。 「あ、あのっ。オレ、営業部の竹虎幸三です……っ」 「……『営業部』?」  長く伸びた髪を乱暴にかき上げて、兎田主任と思われる長身の男性が、幸三を見下ろした。  身長が百六十センチちょっとしかない幸三とは、まるで大人と子供くらいの身長差だ。 「ウシは?」 「へっ? う、牛っ?」 「担当。前まではウシだったろ」  髪をかき上げた後、自分のうなじをガリガリと力強く掻きながら、男性は幸三を睨む。  ……もしかして、この人が言っている『ウシ』というのは、先輩のことか? 俺は幸三を盾にしたまま、幸三の援護をすることにした。 「コイツ、今年の四月から異動になったんです」 「四月……?」  そう呟いて、男性は「あぁ」と、なにかを理解したらしい。  それから一瞬だけ斜め上を見上げ、考えごとをし、兎田主任らしき男性は再度、幸三を見下ろす。 「ウシの後釜か、ガキ」  どうやら『ウシ』というのは先輩で間違いないようだ。俺の援護もあり、目の前にいる謎の青年幸三と現状が、この人の中で繋がったらしい。  幸三はまだ震えたまま、男性からの問い掛けに何度も頷いている。 「へぇ。……ってことは、次からはこのガキがサンプル取りに来んのか」  そう言うと男性は、手に持っていた紙袋を幸三に突き出した。 「へあっ?」 「サンプル取って来いって話だろ。サッサと持って行け」  幸三は恐る恐る、紙袋を受け取る。幸三が覗くのと同時に俺も紙袋の中を見た。  するとそこには、俺が今手に持っている資料に添付されている写真の実物が入っていた。 「寝不足なんだよ、サッサと帰れ」 「は、ハイッ!」 「はっ? ちょっ、幸三っ!」 「お疲れ、ブン!」  長身の男に睨まれた幸三はなぜか敬礼すると、俺に向かって親指を立てる。そして、さっきの男性職員と同じ──いや、それ以上の速さで走り出した。  ……嘘だろ、おい。お前がやってたの、空手じゃなくて陸上だったのか?  盾──もとい幸三がいなくなり、仮眠室の前には俺と長身の上半身裸男が残される。  男は俺を見下ろして、不機嫌そうに睨み付けた。 「ガキ、テメェはなんの用事だ」  初対面だとか、先輩だとか後輩だとか。そういうのを全て無視したような物言いに、なんとなく腹が立つ。 「商品係の子日です」 「へぇ。知らねぇな」  今度は頭を豪快に掻き始める。……こう見ると、いくらスタイルも顔もいい男の人でも、仕草のせいで残念なオッサンのようだ。  だが正直、長身の男に凄まれると怖い。これは、誰もが名前を聞いただけで怯えたり、関わりたくないと思ったりする理由が分かる気がした。

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