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 先輩はガタガタと震えながら、苦しいほどに強く、俺を抱き締めてくる。 「怖い……ッ。好きになられるのが、怖い……ッ。誰かを好きになって、怖がられるのが……怖い……ッ!」  まるで、しがみつくように。  縋り付くように、先輩は俺を抱き締める。 「【好き】が、怖いよ……ッ」 「……はい」  ──俺は、先輩を怖がらせたりしないですよ。  ──俺だったら、先輩を怖がったりしないです。  そう言えたら、どんなに楽なのだろう。先輩はいつもの調子で、俺を『優しい人』と言うかもしれない。  ……でも、そうじゃないのだ。  傷付けたくない、守りたい、そばにいたい、支えたい、笑顔にしたい。いつだって俺は、そんなことを考えていたのだ。  ──嗚呼、馬鹿馬鹿しい。どうして俺は、今の今まで気付かなかったのか。  俺はただ、先輩を守りたかっただけなのに。  この気持ちはあの日、先輩をアパートの部屋に招いた日から、不変だった。  けれど、それを言うことは許されない。それを言った時点で、きっと先輩を怖がらせてしまう。  先輩を守るために嘘を吐くのが、先輩にとっての安心になるのなら。俺は、大嘘吐きになってやろう。  ……それで、いいのだ。 「俺は、先輩が大嫌いです。今だって正直、この距離に先輩がいて……内心、怯えているくらい嫌いですよ」  俺は、先輩を『嫌い』と言い続けよう。俺を抱き締めるこの人を、抱き締め返したりなんてするものか。  それが、先輩への優しさだ。  俺はここにきてようやく、先輩に対する【苛立ち】の理由に気付いた。  気付くと同時に、俺は先輩に突きつける。 「──先輩を好きにならない人が、ここにいる。……だからもう、初対面の人を口説くような真似は、やめませんか」  俺の言葉に、先輩は小さく呟く。 「……どうして、僕があんなことをしているか。……君には、分かるの?」 「ずっと見せ付けられていましたからね。さすがに、分かりますよ」  隣で、ずっと見ていた。  そして、ついさっきやっと、確信を持つことができたのだ。 「──【好き】を遠ざけるため、ですよね」  自分に【好き】を向けてきそうな相手を見極めて、事前に距離を取れるようにする。  口説いて好意の兆しが見えたら、その人とは必要以上に関わらない。逆に好意が見えなかったら、気兼ねなく自分からも関わる。  ──それが、先輩なりの自衛行為だ。  目の前で自分に好意を寄せていた人が、ただ振り向いてもらうために、命をかけてアタックしてきた。そんなことをされた経験がないから、俺は先輩の恐怖を分かってあげられない。  だけど、先輩は誰か一人でも。……そんな【怖いこと】を【絶対にしてこない人】が、ほしいのだ。  そして【他人に関心を持たない俺】が、適任だった。 「子日君は、凄いね。優しい、ね……っ」  他人に関心がない中、先輩相手に俺は、嫌悪を向けている。先輩にとっての俺は、初めて安心できる存在だったのだ。  ……本当はもう、違うのに。  今すぐ先輩を抱き締めたいし、今すぐ笑顔になってもらいたい。本当は先輩のことが、こんなにも心配なのに。  それなのに、強い関心を隠している俺が『優しい』なんて。  ……俺はヤッパリ、酷い人間だ。

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