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 どうして先輩は、俺にだけ特別扱いを続けるのだろう。  それを受けて俺は、どうして『悪くない』と思っているのだろうか。  嬉しそうな先輩の笑顔が、目を背けていても鮮明に思い出せた。  弱いくせに、馬鹿みたいに強がって。自分の弱さを知っているくせに、それでも先輩は俺を守ろうとしてくれた。  脆弱なのに、強固で、優しい人。そんな先輩の笑顔が、眩しくて仕方ない。  そんな先輩から求められると、胸が落ち着かないなんて。  ──やめろ。  もう一度、警鐘のように声が響く。  ──こんなこと、考えたって無意味だろう。  ──こんなこと、考えたところで行き着く先は変わらない。  ──そう。終着点は【バッドエンド】だ。  そんなこと、俺が一番分かっている。  だって、そうだ。  ──先輩は【  】が怖いのだから。  だから、俺の気持ちに名前を付けちゃいけない。  守りたくて、一緒にいたくて、放っとけなくて、大切で。  笑顔が温かくて、カッコいいのに馬鹿で、どことなく可愛い。  俺の感情に付ける名前は、きっと【庇護欲】だ。……そうじゃないと、駄目なんだよ……っ。  俺は目をきつく閉じて、唇を引き結ぶ。  背後で、先輩が「おやすみ」と言った気がするけれど。俺はその声に返すべき言葉すら、分からなかった。  * * *  ゆっくりと、まぶたを上げる。  さすがに、ソファで寝ると体がギシギシと痛む。起き上がるのが普段の目覚め以上に億劫なほどだ。  それでも俺は、そこそこ快適に眠っていたらしい。ソファと自分の間から差し込む日の明かりがないと、目を覚ませないくらいに。  ……ん? ちょっと、待て。なにかがおかしいぞ。  ──【差し込む日の明かり】だって? 「──っ!」  俺は勢いよく起き上がり、対になっているソファへと目を向ける。  そこには、先輩の姿がない。  俺は慌てて応接セットから飛び出し、事務所を見渡した。……そこでようやく、明るい茶髪を見つける。  茶髪頭は、パソコンに向かって作業をしていた。 「……あっ、おはよう、子日君。よく眠れた?」  茶髪頭──先輩はそう言い、微笑んだ。……そう、笑顔で。  俺はズンズンと先輩に近寄り、先輩のデスクにバンッと勢いよく手を置いた。 「えぇ、もう、嫌になるくらいぐっすりとね!」  ギロリと睨み付けたところで、先輩の笑顔は崩れない。 「それは良かった。添い寝できなかったのが残念ではあるけれど──」 「先輩、俺のこと騙しましたね?」 「なんのことかな?」 「とぼけないでください! アラーム音ですよ!」  バンバンと、俺は何度もデスクを叩く。 「アラームの音が、俺には全く聞こえなかったのですが! もしかして先輩にだけ聞こえるよう小さい音に設定して、俺を置いて自分だけ起きたんですか? 気付かなかった俺も悪いかもしれませんが、それにしたってこれは度を越したイタズラですよ!」  どれだけ詰め寄ろうと、先輩の笑顔はそのまま。ニコニコと楽しそうに笑ったまま、先輩はあっけらかんと言いのける。 「気付かなくて当然だよ。そもそも、アラームは鳴っていないからね」 「はぁっ? じゃあ、先輩はどうやって起きたって言うんですか!」  先輩は笑顔を浮かべたままで、今度は打って変わり、なにも答えない。  その笑顔を見て、俺は仮説を立てた。  ──まさか。 「──徹夜で作業をした。……なんて、言わないですよね?」  先輩はニコリと笑みを輝かせて、ただ一言。「あははっ」と言って、笑った。

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