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 先輩は俺に対して、絶対の信頼感と安心感を寄せている。  自分がどんなに口説いても、話しかけても、アプローチしても。俺は絶対に、見向きもしないと。……先輩はそう、本気で思っているのだ。 「はい、子日君。コーヒーと、一応水も持って来たよ」 「ありがとうございます、先輩……」 「大丈夫? 顔色が優れないみたいだけど」 「大丈夫ですので、離れてほしいです」  本当にコーヒーを持ってきてくれた先輩は、心配そうに俺を見ている。その距離は不思議と、近い。  ……なんて。なんて、生殺し状態なのだろうか……っ! 「僕はどんなコンディションでも『子日君を抱きたい』と常々思っているけれど、君の体調が悪いときに無理強いはしたくないな」  セクハラと良心を混ぜ込むな。どうせそんなことを言っても、俺を抱く気概なんてないくせに。  それともいっそ、無理矢理俺を抱いて──……いや、それもそれで困る。特別感があるわけではないが、処女はもう少し大事にしたい。やけくそに散らすのは本意ではないのだ。 「ご心配ありがとうございます。だけど、俺は大丈夫ですので。本当、マジで、お気になさらず」 「そう言われても、気になっちゃうよ」  こんなセリフを、先輩は俺にしか言わない。【自衛行為】をしなくなったからだ。  初対面の相手を口説かなくなったのは、先輩にとって大きな成長だろう。先輩がトラウマ払拭に向けて一歩を踏み出せたことは、とても嬉しい。  ……けれど、俺には別。  俺のことを好きになったりしないのに、俺のことを好きみたいな言動を取り続ける。日常的にそうされてしまうと、先輩との恋愛成就を諦めたくても諦められないじゃないか。  そこまで考えて、俺は土日に思い至ってしまったあまりにも下劣なことを思い出す。  ……正直なところ、諦めようとはちょっとしか思っていない。と言うかむしろ、先輩にとって俺が一番脈のある相手なんじゃないか、とか。そんな感じで若干、ほんの少しくらい浮かれていたりする。  しかし勿論、強引なことはしない。俺にとっての最優先事項は、どれだけ恋焦がれていようとたったひとつ。【先輩を守ること】だからだ。  ……だけど、だけどなぁッ! 「子日君、顔をよく見せて? 医師免許はないけど、きっと治してみせるから。『想いの力』ってよく言うでしょう? だから、大丈夫。君の不調をバッチリ治してみせるよ」  ──それにしたって、先輩は俺を信頼しすぎだッ!  先輩は俺の隣に跪き、あろうことか俺の頬に手を添えてきた。  ……最近、先輩からのスキンシップが少し過激になってきた気がする。  前まではどさくさ紛れに触ってくるか、アクシデントを装って触ってくるかと、一段階置いてから触れてきた。  だが、最近はなんの脈絡もなく突然触ってきたりする。現に今やっている、この検診じみた触れ合いも、突然だっただろう?  好きな人にこんなことをされ続けて、俺はいったいどうしたらいいのだろうか。心をぴょんぴょんさせればいいのか? クソッ、働け俺の細胞──違う、理性ッ! 「先輩、本当に大丈夫ですからやめてください。……最近、なんだか過激ですよ」 「過激かな? だけど僕たち、そろそろ初夜を迎えてもいいと思うんだよね。どうかな?」 「『だけど』の意味が分からないですし、そもそも俺との距離が近いです、近いちか──本当に近いですやめてくださいっ!」  俺に益々嫌われたと思ったのか、先輩は満足そうに笑った。こうして露骨に分かり易く【俺が先輩を好きにならない】ことでそんなに喜ばれると、やはり『しんどい』と思う気持ちは、ある。  そんな俺だけが辛いこの状況を見て、なんで周りは『微笑ましいな~』みたいな顔をしているんだ! 誰かこの色魔を止めろ、止め……。 「どうしよう。いつも思っていたけれど、今日の子日君は特に、凄く可愛い。……ねぇ、キスをしてもいい?」  ──止めてくださいお願いします!

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