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顔を近付けようとしてくる先輩と、必死に距離を取ろうとする俺という図。
もう何回目か分からない攻防戦を繰り広げていると、一人の係長が近寄って来た。
「子日と牛丸は本当に仲がいいなぁ」
「そう見えます?」
「むしろそうにしか見えないだろう?」
「心外です」
先に返事をした先輩とは打って変わり、俺は冷たい声で係長に返事をする。しかし当然ながら、係長も先輩の奇行を止めない。なんだよ、ここには俺の味方はいないのかよ。
いっそ、先輩の急所でも蹴り飛ばしてやろうか。俺がそう、思いかけた時。
「牛丸、どうだ? 子日と二人で共同作業でもするか?」
先輩を見ながら、係長はUSBをひとつ、胸ポケットから取り出した。
すぐに、先輩は俺の頬から手を離す。
「子日君となら喜んで!」
オイコラ。俺の意思を無視して、なにを勝手に承諾している。……と言うかせめて、内容を聞いてから頷けよ!
俺からパッと離れて、先輩はUSBを持った係長の方へと向かう。
とりあえず危機を脱した俺は、安堵のため息を吐いた。
だが、これはもう先輩の性格だ。諦めよう。
普段はそう見えないが、先輩は根から仕事に対して真面目な人だ。わざわざ『子日との共同作業』と言われなくても、先輩は係長の頼みを聞いただろう。分かり易いようで、根本の部分にいる先輩という人物は分かりにくい。
……それでも、もしも。『子日との共同作業』というフレーズで、反射的に仕事を引き受けたのかと思うと。……少しだけ、胸の奥がキュッと締め付けられる。
それが好意じゃなくても、チョロい俺が浮かれてしまうのには十分だ。
先輩がこのままずっと、俺だけを見ていてくれたら。いつかトラウマを克服したとき、先輩は俺を……好きになって、くれるのだろうか?
先輩を傷付けたくない俺は、なにをどうされたって、この気持ちは言わない。
だけど、先輩が俺の好意を知っても傷付かなくなったら。俺は先輩に、この気持ちを伝えられるのだろうか?
思わずそんな女々しいことを考えていると、先輩が意気揚々と戻ってきた。手には、係長から受け取ったらしいUSBを持っている。
「この中に入っているデータの資料、今日中に印刷して封筒に詰めてほしいらしいよっ」
「はぁ、そうですか。ちなみに、部数は?」
USBを自分のパソコンに差し込んだ先輩が、なんてことないように答えた。
「──千部」
「──なん、だと」
あまりにもあまりすぎる数に、俺の背筋はゾッとする。
「他のデータ入力と並行しながらだから、今日も一緒に残業だねっ」
なんで残業なのに喜んでいるんだ、この変人は。俺はうんざりしながら、自分のパソコンに向き直る。
「印刷だけ終わらせて、時間外で封筒に詰める作業をしましょう」
「二人の共同作業だね。今夜は健全な意味で熱くなりそうだね。……勿論、子日君となら不健全な意味合いでも──」
「俺は被害者ですけどね」
「あはは~っ」
共同作業の前に『愛の』と付けないあたり、ヤッパリ俺はそういう相手じゃないのだろう。……と、そんなことを考えるのも女々しいか。
先輩と二人で残業するのは喜ぶべきなのか、はたまた悲しむべきなのか、それとも怒るべきなのか……。正解が分からないまま、俺は果てのない突発的ミッションに思いを馳せた。
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