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 先輩は俺の右手を掴むと、そのまま自分の方に引き寄せ始める。 「え、っ?」 「子日君」  俺の左手は資料を持っているが、作業は続行できない。俺は中途半端な状態のまま、先輩の方を向かされた。  先輩は真剣な眼差しを向けて、俺の右手を握っている。 「──君に、言いたいことがあるんだ」  咄嗟に、頭がつんざくような警鐘を鳴らした。  ──嫌だ。期待なんか、したくない。  それでも俺は、先輩から視線を逸らせなかった。  警鐘に誘われるように、心臓がどんどん早鐘を打つ。まるで喉から押し出てきそうな、それくらいの勢いで。  浅ましい俺は、醜いながらも『もしかして』と考えてしまう。『違う』と理性では思っていても、勝手に期待してしまっているのだ。  先輩は俺の右手を握ったまま、俺を見ている。その瞳から、俺はどうしたって視線を逸らせない。 「なん、ですか……っ?」  期待と、不安と、緊張。ダブルどころかトリプルブッキングした感情によって、声が震える。  そんな俺を見て、先輩は小さく笑う。 「僕はね、この数日。……ずっと、考えていたんだ」  数日とは、いったいいつからの計算だろうか。  ……もしかして、兎田主任にトラウマを踏み荒らされた後から? もしもそうなのだとしたら、つまり……トラウマのことか? 「人を好きになるのも、ましてやなられるのも、僕は『怖い』と思っている。だけど、あれからずっと考えていて……少しずつだけど『このままじゃ駄目だ』って、思えるようになってきたんだ」  変な汗が、背中を伝う。  ──まさか、まさか……っ?  理性を上回る勢いで、欲望があらぬことを考え始める。  先輩が強く、俺の手を握った。俺は握り返すこともせず、だけど握り返したい気持ちでいっぱいで……。言葉を紡ぐこともできないまま、ただただ先輩を見た。 「それで……君には、伝えたいと思ったから。だから、聴いてほしい」  先輩は意を決したように、俺のことを真剣な眼差しで見つめる。  ──教えてください。  ──嫌だ、知りたくない。  ──だけど、教えてほしい。  グチャグチャになった思考が、シンプルな言葉を叩き出した。  ──俺は、先輩が好きです。  ──先輩も、俺が好きですか?  大きな期待が頭を占める中、俺は小さく頷く。そんな俺を見て、先輩は笑った。  まるで、この世界で一番優しい人だと錯覚してしまいそうなほど、柔和な笑みで。 「──このまま、子日君が変わらずそばにいてくれたら。僕は誰かを、好きになれる気がするんだ」  俺の心を、先輩は微笑みを浮かべたまま。  ──まるで快楽殺人鬼のように、切り刻んだ。  ……はっ? 先輩はいま、なにを言って……っ?  突然冷や水をかけられたかのように、全身が冷えていく。そんな錯覚を起こしてしまうほど、俺は……。  ──ショックを、受けてしまった。

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