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 先輩は照れたような笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。 「子日君が、優しくしてくれたから。だから、そんな子日君に『恩返ししなくちゃ』って考えたんだ。だけど、僕にできることはトラウマを克服することくらいしか思い付かなくて。だから、僕は絶対に誰かを好きになってみせるよ」  待って、くれ。なにを言っているのだ、この人は。  俺に今、なんて……っ?  ──【変わらず】そばにいてくれたらって、言ったのか? 「君には、必要以上に心配をかけたくない。そう思うと、トラウマにも勝てる気がする。……ううん、違うね。絶対に、勝ってみせるよ。他ならない君に、僕はそう誓う」  やめろ。なんで、そんなことを言うんだよ。  俺は先輩が言うような、優しい人間じゃない。俺は先輩が望むから、嫌った【フリ】をしているだけなのに。  ……『恩返し』だって? ふざけるなよ。そんなもの、俺がいったいいつ望んだ?  俺が望んだものは、先輩の幸せだけで……。 「君の優しさに、必ず報いてみせる。僕は絶対に、誰かと恋愛してみせるよ」  それじゃあこれが、俺の願った【先輩の幸せ】なのか?  自問自答をして、今さらすぎることに気付く。  先輩がトラウマを克服してくれたらと、何度も願った。  そうすれば先輩はもう、守るように右手首を掴むこともない。大切な【誰か】と一緒に、砂糖を吐くほど幸せな日々を過ごせるはずだ。  だけど、その【誰か】を、俺は『誰でもいい』と思っていたわけじゃなかった。  先輩が選ぶ、たった一人の【誰か】は……っ。 「だからいつか、僕がトラウマを克服したとき。そして、誰かを好きになれたときには、心から祝福してほしいんだ」  ──俺じゃないと、嫌なんだ。  俺が先輩を好きなのは、トラウマを持っているからじゃない。俺は、先輩が先輩だから、好きなのだ。  先輩を傷付けたくないから隠しているのに、先輩が求める【優しい奴】を演じているのに。  ──なんで、俺は変わっちゃいけないんだよ。  ──どうして、先輩の隣には【俺じゃない誰か】がいる前提なんだ。 「なんて。ちょっと、恥ずかしいね。あははっ」  なんでそんな、照れたようにはにかむんだよ。  俺は、先輩が好きだ。そんなの、勿論『付き合いたい』って思うような。俺が先輩に対して向けているのは、そういう【好き】なんだよ。  先輩は俺に、ずっと一緒にいてほしいと思っている。先輩とずっと一緒にいたいのは、俺だって同じだ。  だけど先輩は、俺が変わってしまうことを嫌がるのか?  先輩がトラウマを克服して、普通に誰かと恋愛できるようになったって。  ──その相手は、俺じゃないって思っているのだろう?  そもそもトラウマを克服したのなら、先輩のそばに恋人以外で【安心させてくれる人】がいる必要はあるのか?  先輩が俺をそばに置いておきたいのは、俺が先輩に好意を寄せないから。  だけど、トラウマを克服した先輩はもう、他人からの好意に怯えない。【先輩を嫌いな俺】なんて、先輩には必要なくなる。誰かと先輩が付き合ったら、俺は……っ?  祝福したとして、その後。  ──俺と先輩の関係は、なにになる?  そんなもの、たった一言で片付くじゃないか。  トラウマを克服した先輩にとっての、俺という存在。それは、たった一言。  ──【用済み】じゃないか。  先輩はなおも照れたような笑いを浮かべながら、言葉を続ける。 「ごめんね、変な話をしちゃって。作業に戻ろうか。……って、僕が言うのも変だよね、あははっ」  なにが、可笑しいんだよ。  ……あぁ、そうだ。そうだったよな。  先輩はいつだって、俺には【好意】を求めなかった。  先輩は誰よりも、俺からの【好意】を拒絶していたじゃないか。

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