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 俺はしっかりと顔を上げ、背筋を正して歩き始める。二人の前を、何食わぬ顔で通りために。  すると、話題の人物が突然現れたことに驚いたのだろう。先輩と兎田主任は、俺を見て黙った。  ──よし、効果ありだな。作戦名は、名付けて【自爆テロ】だ。  ……いや、それは笑えない。わりとマジで。  俺は今までの会話は聞こえていなかったふうを装って、二人のそばを通過しようとする。……よしよし、いい調子だ。このままなら、なにも起こらずに通過できるぞ。  ほとんどそう確信した、その瞬間──。 「──よう、ガキ。会いたかったぜ?」  ──兎田主任に、突然頭を掴まれた。  何食わぬ顔で通ろうと思っていただけなのに、どうして突然捕まってしまったのだろう。  そもそも普通、会話の中心人物が登場したら気まずくならないか?  なんて俺の叫びは、当然兎田主任には通用しない。俺は否応無しに、長身の兎田主任を見上げる形になってしまう。 「なっ、なんですか……っ?」 「随分とひでぇツラになったな、ガキ。イメチェンか?」  『イメチェン』だって?……さっき幸三にも言われた、目の下のクマのことを言っているのだろうか。  兎田主任とは目が合うようで、なぜか合わない。それは俺が、兎田主任から目を逸らしているから。……睨まれて、正直なところ若干、怖いからだ。  それでも兎田主任は、楽し気な様子で言葉を舌に滑らせる。 「この前はもう少しマシなツラだったろ? それに、前はこっちの目をちゃんと見ていた。テメェは健康と礼節をこの数日で紛失したのか? それとも、それがテメェなりの礼儀なのか? あァ?」  口の端を少し上げて、兎田主任が俺を見下ろす。  それを見て、先輩が兎田主任に声をかけた。 「主任君、やめて。彼を放してあげてよ」 「は? なんでテメェにそんなこと言われなくちゃならねぇんだよ」 「いたっ!」  俺の頭から手を離すように言ってくれた先輩の言葉に、腹が立ったのだろう。兎田主任は、俺の頭を掴む指の力を強くする。それのせいで、こめかみや頭に兎田主任の指が食い込んだ。  俺は思わず、痛みに顔を歪めた。それを見た先輩は、慌てて声を張り上げる。 「うさ──主任君っ!」 「ハッ! これはなかなか、愉快な状況じゃねぇか。……相変わらず、肝っ玉のちいせぇ男だなぁ、ウシぃ?」  指の力は、そのままに。兎田主任は先輩を、愉快そうに見ていた。 「──テメェはいつもそうだった。奪い取る度胸もないくせに、口先だけはいつだって軽薄で達者だよなぁ?」 「「──ッ!」」  その言葉に反応したのは、先輩だけじゃない。兎田主任に頭を掴まれている、俺もだ。  今、先輩にその手の会話をしないでほしい。そう思った俺は、兎田主任の顔をしっかりと見つめた。 「兎田主任。……やめて、ください」  あえて、名前を呼ぶという地雷を踏んで。そうして、兎田主任の意識を、俺の方に向けさせる。  ──先輩は、傷つけさせない。  ──今度こそ俺は、先輩にとっての【優しい奴】でい続ける。  そう誓った俺に対して案の定、兎田主任は食いついた。

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