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 なにを、目元にされたって?  ……キス? キスを、誰から?  そんなの、この部屋には一人しかいない。 「……っ!」 「待って! お願い、逃げないでっ!」  なにをされたのか気付くと同時に、俺は先輩から離れようとした。  身をよじったが、先輩がしっかりと俺の両頬を押さえていて、動けない。 「離し──」 「子日君。君の想いに対する返事を、聴いてほしい」  なんで、今さら。  先輩の返事なんて、ずっと前から。なんだったら、好意を自覚した瞬間から、俺は知っている。  ──いい返事では、ない。  改めて振られたら、また泣いてしまうじゃないか。 「……い、やだ……っ」  俺は握り締めていた毛布から、手を離す。  そのまま両手を先輩の肩に当てると、俺は力一杯、先輩を押した。 「言われなくたって分かっていますっ! だからっ、わざわざ言わなくていいですからっ!」 「子日君! 待って、落ち着いて!」 「なんでわざわざ言うんですかっ! 俺が先輩を傷付けたのは分かっていますけど、だからって面と向かって振られたくなんか──」 「──お願いだからちゃんと聴いてよッ!」  先輩はそう言うと、俺の腕を突然引っ張る。  肩に置いていた手は咄嗟のことに滑ってしまい、俺は先輩にもたれるように密着した。 「子日君。……お願いだから、僕の話を聴いて」  先輩の腕が、俺の頭と背中に回される。まるで、抱き締められているような体勢だ。  ただ、逃げようとしないように押さえ込まれているだけ。それなのに、顔が熱い。  諦めなくちゃいけないのに、どうしてこんなことを……っ。 「僕は、今も【好き】が怖い」  そんなの、知っている。だから、諦めようとしているんじゃないか。  先輩の背中に、腕も回せない。俺は小さく震えながら、先輩が紡ぐ【俺への返事】を待つ。 「押し付けたり、押し付けられたり……。【好意】は無遠慮で、度し難い。それは、今でも『怖い』と思っている」  どう、しよう……っ。先輩のスーツを、涙で汚したくないのに……っ。  ──お願いだから……それ以上、言わないでくれ……ッ。 「君の気持ちを知った時。……僕は正直、困った。自覚はないけれど、きっと僕は右手首を掴んだ。そして君はそれを見て、傷付いた」  それも、知っている。先輩が言う通り俺は、先輩が右手首を掴んだ瞬間を見ていたのだから。 「だけどね、違うんだ。僕が困ったのは、君が思っているようなことが理由じゃないんだよ」 「……いや、だ……っ。聞きたく、ない……っ」 「違うんだよ、子日君。僕が言いたいのは──いや、回りくどくてごめんね。……簡潔に言うと、僕は子日君の気持ちに困ったわけじゃないんだよ」  先輩はそう言って、俺の耳元で囁く。 「初めて言うから、ちゃんと聴いていてね」  吐息が耳にかかって、ゾワゾワする。  そして先輩は、予想外の言葉を囁いた。 「──僕は、君のことを好きになれたらしい」  あまりにも突飛な、先輩からの返事。  覚悟していたはずの涙が、なぜだか一粒も……溢れてこなかった。

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