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オマケ 1 : 2
二人だけの、静かな事務所。
どこまでも気乗りしない茶番劇の設定を言い渡された俺は、先輩に『呆れています』という心情を隠すこともせず、冷めた目を向ける。
しかし、先輩は妙なポジティブ精神を発揮し始めた。
「ふふっ、子日君が僕の奥さんかぁ~っ。子日君と新婚ごっこができるだなんて、残業って悪いことばかりじゃないねっ」
そう言い、キャッキャッとはしゃいでいるのだから。
……まだ『やります』なんて言っていないのに、どうやら俺は既に主演に抜擢されているらしい。ガッデムだ。
だが、もう諦めよう。どうせこの状態の先輩になにを言ったって、キャンキャン吠えて駄々をこねるだけなのだから。
「それじゃあ、事務所の入り口を玄関に見立てて始めよう! 僕が入ってきたら、子日君は奥さん役をよろしくね!」
「クソが」
「そこは『分かりました』じゃないの?」
「あぁ、すみません。つい本音が」
「本音なんだね……っ! でも、素直な子日君も素敵だよ?」
……クソ、が……っ。サラッと口説くな、馬鹿め。
先輩はニコニコスマイルを浮かべながら立ち上がり、ルンルンと浮足立ちながら扉の向こうへと移動する。こうなってしまっては、仕方ない。俺は渋々、先輩の希望に応えることとした。
……さて、と。オーダーは【リアルな新婚】だったな、ふむ……。
「ただいまっ、僕のブンちゃんっ!」
初手、先輩のセリフ。心底『幸せですっ』と顔に書いた笑みを添えて。
続く二番手は、俺のセリフだ。先輩とは違い、俺はスッと無表情のまま、淡々とセリフを口にする。
「おかえりなさい、章二さん。今日もお仕事お疲れ様です」
「あっ、なんかいいなぁ、こういうの。……うんっ、ただいまっ! 今日の仕事も疲れちゃったよ~っ」
「そうですよね。お仕事、疲れましたよね? 章二さんは【お仕事】に行っていたんですもんね?」
「えっ? う、うん。仕事、だよ?」
俺は腕を組みながら、帰宅したばかりの先輩に向かって……。
「──昼間に腕を組んで歩いていたあの女性、いったい章二さんのなんなんですか?」
「──ストップ! ストォオップ!」
まさかの、茶番劇中止。
先輩は俺の肩をガシッと力強く掴み、そのまま俺の体を前後に揺さ振り始める。
「なんでなんでなんでっ! どうしてさっき説明した設定でそうなっちゃったの!」
「いえ、先ほど『付き合って三年』と仰っていましたので。いくら新婚と言えど、魔が差してもおかしくない期間かなと」
「僕には子日君だけだよ! 浮気なんて絶対しないよ! 信じてよ!」
「先輩、落ち着いてください。今のは【浮気】ではなく【不倫】です」
「冷静に揚げ足を取らないで!」
どうやら俺の解釈に文句があるらしい。なぜだ、こんなにも【リアルな新婚】を演じたというのに。
俺は眉を寄せて、泣き喚く先輩を見つめる。するとなぜか、先輩の頬がうっすらと赤くなった。
「あっ、うぅ……っ。子日君の拗ねた顔、凄く可愛いね……っ。キスをしても、いい、かな……っ?」
「新婚だなんだと可愛らしいことを言ってはしゃいでみせながら、結局はそういうことがしたいだけじゃないですか。見下げたクズ男ですね、このヘンタイ」
「ドライな子日君も素敵だけどっ! もうちょっと甘々な雰囲気を希望するよ!」
……というわけで、テイクツー。
浮気だ不倫だという設定を撤廃するよう約束を交わし、先輩は二度目の帰宅を始める。
「ただいまっ、僕のブンちゃんっ!」
どうでもいいが、その呼称はどうにかならないのだろうか。
俺は帰ってきた先輩を振り返り、口角を薄く上げてみる。
「おかえりなさい、章二さん」
「あ……っ。た、ただいま、ブンちゃん……。きょ、今日も可愛いね……っ?」
「嫌ですね、章二さんったら。それ、今朝も言っていましたよ?」
「えっ、あ、そっ、そうだったっけ? ごめんね、何度も言っちゃって……っ」
「いいえ、謝らないでください。付き合い始めた頃から、章二さんの言葉はなんだって嬉しいですから」
妙にたじろいでいる先輩に近付き、俺は先輩の胸に手を当てた。
そのまま、ゆっくりと手を動かし……。
「──たとえその言葉を数多のキャバ嬢に囁いていたとしても、俺は都合よく騙されてあげますよ。この女好き色情魔っ」
「──なんで僕の胸ポケットの中にキャバクラで貰ったと思しき名刺が入っているのっ!」
俺は演劇らしく、小道具を使ってみた。
……かなり前に、幸三から貰った【キャバ嬢の名刺】という小道具を。
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