113 / 250

続 1 : 5

 そうして迎えた、金曜日の夜。またしても僕は、子日君の部屋にお邪魔していた。 「先輩、今日も食器洗いを賭けてゲームしますか?」  普段と変わらない子日君の態度に、僕はと言うと……。 「──えぇぇああうぅんッ! いいぃ、いいねぇッ!」 「──えっ、怖いっ」  メチャメチャに、動揺してしまった。返ってきた子日君の反応は、辛辣とかそういうのではなく本気の素直すぎる感想だろう。  玄関先で靴を脱いだ子日君は、異常なほど動揺している僕を見て戸惑っていた。逆の立場だったとしたら、僕もそうしていただろう。  だが、僕の動揺は止まらない。……それは、仕方のないことだ。  ──なぜなら僕は今日、兎田君から貰った【媚薬という名の飴玉】を持参しているのだから。  ……いや、違う。待って、違うんだよ。これは別に、子日君をド淫乱にしようとか、兎田君の言う通りにしようとか、そういうアレじゃなくて! 出来心で持ってきちゃったんです! 「──赦して、子日君ッ!」 「──えっ、怖いっ」  顔面を両手で覆い始めた僕を見て、子日君がまたしても怯えている。 「どうしたんですか、先輩。なにか後ろめたいことでもあるんですか?」 「後ろめたい、こと……」 「あっ、これはある感じの流れですね」  すぐに、子日君は視線を下に俯かせた。 「……いいんですよ、先輩。俺、先輩が幸せなら、それで」 「えっ?」 「先輩がトラウマを払拭できたのなら、俺は、全然。……だから、先輩……俺は、きちんと先輩の話を──」 「──あっ、違うよ! 浮気とか心変わりじゃないよ!」  どうやら僕の態度が悪いせいで、子日君に要らない心配をさせてしまったらしい。僕は慌てて、愛しい子日君を抱き締めた。 「ごめんねっ、子日君っ! 後ろめたいことはあるんだけど、それはそういう意味の後ろめたさじゃなくてっ!」 「じゃあ、どういう意味の後ろめたさですか。なんだか今の先輩、変ですよ? いつもと違う感じがします。……だから、その。もしも悩みがあるのなら、俺は──」 「──君に対する性欲だよッ!」 「──なんだ、普段通りの平常運転かよ」  ペリッと、子日君から振りほどかれてしまう。さっきまでのしおらしさはどこへやら、子日君はゴミを見るような目で僕を見ていた。……うっ、そうやって真っ直ぐ僕を見てくれるところも、可愛い。 「蔑まれて顔を赤くするって、先輩……性癖、歪んでますね」 「仮に僕の性癖が歪んでいるとしたら、それは間違いなく子日君のせいなのだけど!」 「えっ。……あ、そ、そう、ですか」  あれ、ここで赤面するんだ。子日君が怒るポイントと照れるポイントって、ちょっと難しいなぁ。……どっちの子日君も可愛いけど。  子日君はプイッと俺から顔を背けて、そのまま黙り込んだ。おそらく、赤くなった顔を見られたくないのだろう。  ……うぅっ、襲いたい。このまま押し倒して、一ヶ月ぶりに……せめて、せめてキスがしたいよ。  だけど、子日君が嫌がるようなことはしたくない。こう見えて子日君が繊細で泣き虫なことを知っている手前、僕はわざとらしく子日君から視線を外すしかなかった。 「そこまで露骨に顔を背けられると、かえって不愉快なのですが」 「うっ、ごめんね……」 「別に、いいですけど」  どうやら、子日君の頬から熱は引いたらしい。次に子日君を見た時にはもう、普段のクールな表情に戻っていたのだから。

ともだちにシェアしよう!