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続 1 : 6

 ということで、仕切り直し。 「先輩、上着をください。ハンガーに掛けますから」 「君は初めて僕を招いてくれた時と変わらず、気配り上手で素敵な人だね。魅力的だよ、子日君」 「なぜでしょう。先輩に褒められると、身の危険を感じます」 「わぁ、素直な酷評」  それでも僕はすかさず、子日君に上着を渡した。こうして甲斐甲斐しく世話を焼かれると、どうにも弱くて。子日君、いつもありがとう。  ……なんて心の中で感謝の意を述べ、愛を深めていたせいで。 「あれ? ごめんなさい、先輩」 「ん? どうかした、子日君?」 「ポケットから、なにか落としてしまいました。……瓶、ですね」 「びん。……えっ、瓶っ?」  ──僕はすっかり、兎田君から貰った【劇薬】の存在を忘れてしまっていた。  上着のポケットに入れていた小瓶が、ゴトッと音を立てて床に落ちる。なにも知らない子日君は申し訳なさそうにしながら、落ちた小瓶を拾おうとしてくれた。 「これ、飴玉ですよね? なんだか、色とりどりで可愛らしいですね」 「あっ、あのあのっ、ねっ、子日君……っ!」 「先輩、常備するほど甘いもの好きでしたっけ?」  子日君の手が、小瓶に触れてしまう。最低最悪の、劇薬に。  そう思うや否や、僕は思わず──。 「──触らないでッ!」  僕らしからぬ、大声を出してしまった。  子日君の手が、ビクリと震える。突然向けられた大声に、驚いたのだろう。  子日君は小瓶を拾うために屈んだ体勢のまま、僕を見上げた。……その瞳は、戸惑いを孕んでいて。 「……すみま、せん」  すぐに手を引っ込めて、子日君は立ち上がった。  それ以上は小瓶に対してなにもせず、子日君は手に持っていた僕の上着をハンガーにかけ始める。 「……それ、拾わないんですか」 「あっ、う、うん。……ごめんね、子日君。いきなり、大声出して」 「いえ、別に。……俺の方こそ、すみません」  そう言葉を区切ってから、子日君は付け足した。 「──人に触られたくないほど、大切な物だと知らなくて」  ……あっ、あれ? なんて言うか、空気が重いような?  子日君は僕から視線を外し、そのまま僕に背を向けてしまった。おかげで子日君がどんな顔をしているのか、僕には見えなくなってしまう。  ……だけど、さすがに僕でも分かる。 「あの、子日君? 一応念のために言っておくけど、これは決して浮気とかじゃないからね?」  ──きっと僕の態度を受けて、子日君は良からぬ勘違いをしたに違いない。ということが。  子日君は僕に背を向けたまま、ピシャリと言い切る。 「訊ねる前に先手を打たれると、かえって怪しいのですが」 「本当に違うよ!」 「はぁ、そうですか。ですが、なんでも構いませんよ」  言葉通り、子日君は気にした様子もなくテレビのリモコンに手を伸ばした。 「先輩が誰からなにを貰おうと、俺には関係ありません。むしろ、いいことなんじゃないですか?」  この言葉はきっと、子日君の本心だ。さっきだって、子日君は言っていたのだから。僕が幸せならそれで、と。 「拗ねているわけではありませんよ? 俺は、なによりも先輩が喜んでくれることを優先したいだけです。だから、先輩がその飴を貰って常備するほど嬉しかったのなら、それでいいんです。……いえ、なんだかこの言い方だと拗ねているように聞こえますよね、すみません。だけど本当に、俺は先輩が嬉しかったらそれでいいんです」  これも、子日君の本心だ。上手な言い方ができずに子日君自身が戸惑うほど、嘘偽りのない本心。  僕の、幸せ。それを一身に願う子日君のそういうところが、僕は堪らなく好きで。 「違うよ、子日君。……その飴は、兎田君から貰ったんだよ。だから、君が思うような贈り物じゃない」  ……堪らなく、心配になるんだよ。

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