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続 1 : 10
竹虎君から、初めて子日君のことを聴いた時。
『牛丸サンがこれから隣に座るブン──子日文一郎って、すっごくいい奴なんですよっ! だけど、あんまり人に関心が無くて……結構ドライなんです!』
僕は、その言葉が信じられなかった。
他人に、関心を持たない人間。そんな相手が、実在するなんて……。申し訳ないとは思いつつも、僕は竹虎君に曖昧な返事しかできていなかったと思う。
だけど、彼の話は半分本当で、半分嘘だった。
子日君は僕に必要以上の関心を持たず、最低限の警戒と嫌悪を向けてくれたのだ。
──嬉しかった。僕に関心を持たない、彼という存在が。
──嬉しかった。僕に対して、絶対に消えないはずの感情を抱いてくれた彼という存在が。
好意よりも分かり易くて、好意よりも鮮烈な感情。そういったものを向けられる方が、好意より何倍も心地良かった。
たとえ誰かに『それはおかしい』と言われても、僕は嬉しかったんだ。だから僕は、いつだって子日君の隣にいたいと思ったのだから。
そんな、僕にとって救いだった存在を、僕は今……ッ。
「ご、めん……っ。ごめんね、子日君……っ」
──僕は今、醜悪な劣情によって傷つけてしまうところだった。
彼にキス以上のことをしてしまう、その直前。なんとか理性を掴み取った僕は、そのまま子日君から距離を取った。
……最低、だ。なによりも大切な子日君の意思を無視して、自分勝手に押し倒してしまった。そんな僕自身が、おぞましくて仕方ない。
これでは、子日君が傷付いてしまう。子日君が、僕から離れてしまうかもしれない。ギリギリアウトな気もするが、今は『セーフだ』と言われたかったし、自分で自分をそう慰めたかった。
突如接近し、突如離れる。僕の行動を不思議に思った子日君は、そっと顔を動かした。
その視線の先にあるのは、例の飴玉だ。
「この飴、いったいなんなんですか?」
「兎田君が作った、精力剤……みたいな、もの」
「あの人、得意分野の範囲広すぎませんか?」
依然として押し倒されたままの子日君は、呆れた様子でため息まで吐いている。そんな姿にも胸が高鳴るのだから、今の僕は相当厄介だ。
……なぜなら、子日君からなんとか距離を取ったものの、のしかかった状態だけは変えられないのだから。
「ごめん、子日君……っ。僕のこと、突き飛ばして……っ」
これ以上近付きはしないが、離れもできない。浅ましい自分自身をどうすることもできない僕は、子日君に甘えるしかなかった。
彼からの、優しい拒絶がほしい。それさえあれば、僕はまだ彼を守れるはずだから。
寝転がったままの子日君が不意に、腕を伸ばす。指先で掴んだのは、飴玉が入った小瓶だ。
「さっき手にして気付いたのですが、この瓶。中に、飴玉以外の物が入ってるんですよ」
「そう、なの?」
「メモみたいな、小さい紙です」
それは、気付かなかった。子日君を押し倒したまま、僕は小首を傾げる。
伸ばした手で瓶を掴んだ子日君は、そのまま瓶の中に指を突っ込む。すると子日君の発言通り、その指は飴玉ではない別の物をつまんでいた。
「なんでしょうかね、これ? ……説明書?」
その中身は、僕も見ていない。
確かに、言われてみるとなにか紙が入っていたような気もするけれど、兎田君のことだ。きっと僕への罵詈雑言だろうと思い、ハッキリと認識していても僕は『自衛のために』と考え、目を通さなかっただろう。
しかし、もしも本当にそれが説明書なのだとしたら?
「ごめん、子日君。その紙になにか……解毒薬とか、そういう類のことは書いてないかな……っ?」
兎田君には悪いけれど、これは毒薬だ。僕はこんな方法で、子日君のことを抱きたいわけじゃないのだから。
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