129 / 250

続 2 : 5

 上半身がいつも裸という異常性に奇しくも慣れてしまったせいで、失念していた。  先輩の、同期。つまり兎田主任は、トップ・オブ・ヘンタイ。現状を見ても──見たからこそ、この認識は間違いではないだろう。  俺は慌てて兎田主任の胸を押し返し、距離を取ろうと抵抗を始める。 「放してください! 俺はそういう趣味はないんです!」 「じゃあなんだ? テメェがウシを抱いてるのか? 物好きな奴だなぁ?」 「この状況で主任が言うセリフですか、それっ!」 「子日君!」  すぐさま、先輩が俺を助けようとしてくれたのが分かった。俺を呼ぶその声が、とても真剣だったからだ。  そうだ、そうだよな? 先輩はなんだかんだと普段からあんな感じではあるが、結局は年上の素敵な彼氏様なのだ。俺はなんとか先輩へ手を伸ばそうとして──。 「──そう言えば、ウシ。この前テメェが欲しがってた【ネズミ野郎をド淫乱なクソメスにする薬】はどうだった?」  ──すぐに、手を引っ込めた。  兎田主任の発言と俺の態度を見て、先輩はガガンとショックを受け始める。 「ちょっ、ちょっと兎田君っ! そんな語弊まみれの言い方はやめてよっ! ほっ、ほらっ、子日君っ? こっちにおいで? 怖くないよっ?」 「どうだ、ネズミ野郎? 俺様の仮眠室に入るなら、あの時の詳細を詳しく教えてやらねぇこともねぇぞ?」 「──よろしくお願いいたします、主任」 「──子日君ッ?」  そうか、なるほど。あの飴玉に擬態した媚薬は、先輩が兎田主任にオーダーした受注生産品だったのか。なるほど、なるほど。  俺は兎田主任の胸に手を添えたまま、まるで睥睨するかのように先輩を振り返った。 「──先輩。控えめに言っても最低です」 「──うわぁあッ! 違うんだよぉおッ!」  ギャンと泣き始めた先輩が、俺の肩を掴んで強引に兎田主任から俺を引き剥がす。そのまま先輩は俺を抱き締め、何度も何度も「違うんだよぉ~っ!」と無罪の主張を始めた。  数分前までならばときめきもエスカレートしただろうが、今は不思議と身の危険しか感じられない。 「放してくれませんかね、このドヘンタイ色情魔」 「ひっ、酷いよ子日君っ! 僕よりも兎田君を信じるのっ? もしかして、上半身は裸の方が好きなのっ? だったら僕だって今すぐに脱ぐよっ! 背は負けていても、兎田君より体には自信があるよっ!」 「──これ以上、罪は重ねない方がいいと思いますけど」 「──ついに子日君が僕を見てくれなくなったっ!」  サイダーみたいに弾けてくれ。今はその、キラキラの胸に飛び込みたくはないのだ。  慌てふためきながらも俺を全力で抱き締める先輩を見て、兎田主任はと言うと……。 「フッ、ククッ。ハハハッ!」  なんとまぁ、大層ご満悦なご様子だ。  ……そこでようやく、俺は理解した。わざわざ『兎田主任の仮眠室へ出向くことを先輩に伝えろ』と指示してきた、その理由を。 「ヤッパ、ウシを虐めるのは気分がいいなぁ?」  遅すぎた。もっと早く、兎田主任の本心に気付くべきだったというのに……ッ!  ──これは、憂さ晴らしだ!  先輩からの苦しい抱擁を受けながら、俺は俺でガガンとショックを受けるのであった。

ともだちにシェアしよう!